ネガティブ感想とどう向き合うかというテーマは、今までサイトでは何度も言及しているんだけれど、そういえば「なぜネガティブレビューが必要なのか」「書く時には何を心掛けるべきか」みたいな話ばかりで、あまり具体的な方法まで書いてなかったような気がした。
まぁ動機や心構えは大事なんだけれど、書くに当たっては結局どうすんねんみたいな話のほうが実践的に思えるので、あんまり深い話はせず、個人的に採用している具体的なメソッドにフォーカスしたいと思う。
良い評価をして中和する
まず基本。良いと思うところは褒める。特に最初と最後に良い評価を入れてサンドイッチにすると印象はかなりやわらぐ(いわゆるサンドイッチ法)。セオリーどおりすぎて人によっては白々しさを感じるかもしれないが、王道。少なくとも配慮していることは感じられる。
ただし妙に意識して持ち上げる必要はない。また、褒めるところがないと思う場合は無理に褒めなくてよい。無理に褒めようとするとかえって白々しくなる。その必要はない。
表現を弱める、断定しない
ネガティブな表現を弱める言葉を追加するのは、誰でもできるし効果的。具体的には以下のような表現を追加するだけでやわらぐ。
- 少し、ちょっと、やや
- 思う
- 個人的には
- あまり
- かなぁ、だなぁ
- かもしれない
- 感じ
- 〜な気がする
- 疑問形にする
合計すると、「個人的にはあまり面白くないかもしれないなぁ、と少し思った感じはあるかな?」
さすがに全部使うとバカみたいだけど、だいぶ弱くなる。部分的に採用するだけでもかなり違う。逆に言うと、ストレートに「つまらない」というのは想像以上に棘がある。
表現を言い換える
そもそも攻撃的に取られやすいワードを使わない方が無難。これに先の弱める表現を追加するとさらに無難。
「駄作」「面白くない」「つまらない」を言い換える
ネガティブレビューに書き慣れない間は、「駄作」「クソ」「面白くない」「つまらない」といった直接的な言葉は使わない。面白さを表す表現として「微妙」もやめといたほうが吉。とはいえ、いやそれを言いたいんだけどって話なので、ここは言い換え表現を採用する。置き換えやすいかつ無難なのは以下あたり。
- 個人的にはちょっと合わなかった
- 少し好みが分かれると思う
- 自分には理解しづらいところもあった
- 展開に戸惑いを感じた
- xxな人には良いかもしれない(自分はxxな人ではない前提)
ポイントは「あくまで自分の好みに合わなかっただけです」ということの明示。全否定ではなく、「少し」「ちょっと」「ところもある」など弱める表現を混ぜるとさらに柔らかくなる。
なるべく個人の好みで片付ける言い回しが無難だが、「いや好みとかちゃうねん、駄作やねん純粋に」とどうしても言いたいのであれば、角が立ちづらいもので客観性や評価を含む言葉にする。
- 個人的には評価しづらい作品に思える
- 荒削りな部分も散見される
- 惜しいところが目立つ
個人的って客観的か?と思われるかもしれないが、評価という言葉自体に客観性があるため、ニュアンスは伝わる。逆に言うと、評価という言葉を安易に使うと、いくら「個人的」とつけても客観的なニュアンスが出てしまい、批判度は高まる。
このようにニュアンスは微妙かつ文脈次第なので、機械的に言い換えりゃいいってもんじゃないんだけど、どう書けばよいのかと悩むなら、まぁここらへんの言葉使っとけばだいたい大丈夫と思われる。
「嫌い」「好きじゃない」を言い換える
「面白くない」とかは関係なく、性癖や解釈違いや宗教上の理由で「嫌い」などネガティブな感情を抱いた場合も言い換える。解釈違いは解釈違いと素直に言って良いが、それ以外は言い換える。
これの言い換え表現は「面白くない」の客観性をもたせない(好みに合わなかったとする)ほうの言い回しと同じで良い。
「作者はバカ」「低脳」「読者は犯罪者予備軍」「○ね」とか言わない
作者や読者(ジャンル含む)に向けた誹謗中傷は言い換え不可能。思うだけなら自発なので仕方ないが、わざわざ公の場(ネットは公の場!)で言う必要はない。伏せ字にしたらOKとか頭沸いてんのか?←こういうことを言わない。心の内にしまっとけ。
表現をぼかす、省略する
批判的なワードをぼかす。具体的には以下のような感じ。
- ありがちな展開
- →あー、この展開かー……とは思った。
- つまらない展開
- →面白いかと言われると、まぁ……そうですね、はい。
置き換えるよりも簡単かつ批判度を下げられるかもしれないが、何を言いたいのか文脈で判断しなければならないためにわかりづらい。このわかりづらさが批判度を下げてもいるのだが、多用すると全体的な嫌味が増すなど文章の印象全体に影響を与えてしまうので、まぁやるなら2,3回程度にとどめておく。
こうだったら……と批判を願望に言い換える
ともすると上から目線になりがちのリスクはあるが、「こうだったらなぁ」と表現することで、逆説的にそうなっていないことを言える。これは全否定にならず部分的には良いと思っていたことや、惜しいと思っていることを伝えられるため、批判の度合いがやわらぐ。
- 展開がわかりづらい
- →もう少しページを割いて描いてくれていればなぁ……
- 画力が低い
- →ストーリーはいいんだし、もう少しだけ絵がよければなぁ……
- 途中で飽きた
- →序盤の勢いが続いてればなぁ……
冗談めかす
表現力が必要となるが、ジョークを交えることで、批判的な印象を下げられる。ただし使い方によっては嫌味のほうが勝る。また、ジョークなので、これもネガティブ判定は最終的に文脈に任される。
- 性癖がニッチ過ぎて誰にも勧められない
- →この漫画は猫耳でメイドで32歳処女でリスカ跡と借金があるヒロイン好きにオススメできます。
- 過度で安易な読者サービス
- →やけにローアングルのコマが多く、特に意味もなくヒロインの下着が見えています。見えすぎて風景と化しています。
作品を評価せず、ネガティブに感じた自分の心を分析する
少し高度な技法として、作品を評価するのではなく、ネガティブな感情を抱いた自分の心について分析する。批判の矛先を作品やキャラそのものに向けるのではなく、いったん自分の心を経由させることで、主観的な度合いが高まり批判を弱められる。曖昧になるリスクもある。
具体的には、つまらないと思った時に、「この作品はつまらん」というのではなく、つまらないと感じた自分の心に何故と問いかける。たとえば以下のような評価は角が立ちづらい。
- よくある展開であくびが出る
- →この展開と似たようなものを別の漫画でも読んだことがあったので、既視感があり、あまり楽しめなかった。
- このヒロインは暴力的で最低
- →ツンデレなのはいいけれど、暴力的な表現はどうしても昔受けたトラウマを思い出してしまい、好きになれない。
- ご都合主義
- →主人公にとって都合の良い偶然が重なっているように思え、どうにもリアリティを感じづらく納得しづらい。
ただ「つまらない」と書くよりむしろネガティブなのでは?と思うかもしれないが、そうだよ。なぜつまらないかを説明しているからね。ただつまらなさの理由が個人的な価値観に基づいているのがポイントで、これによって受け止める側の印象は「つまらない」よりもやわらぐはず。まぁ割と誰でもそう思うだろうなということを言うことが多いので、事実上の評価にはなるんだけどね。
状況を具体的に説明する
もう少し高度な表現として、不満のある展開や表現の状況をただ説明するだけでネガティブな評価を伝えることも可能。一言で言うとツッコミ待ち。主にコテコテな展開やご都合主義的な展開、ありえんやろって展開で有効。
- 主人公の難聴がムカつく
- →このように主人公はさりげない気配りに長けているが、ヒロインの告白は聞こえないという特徴を持つ。
- 開き直ったような展開
- →今朝ぶつかった拍子にぶつかってオッパイを揉んでしまい痴漢扱いしてきた謎の美少女が転校生で隣の席になって隣の家に引っ越してきた。
- あえて句読点をつけずに勢いよく。
- →今朝ぶつかった拍子にぶつかってオッパイを揉んでしまい痴漢扱いしてきた謎の美少女が転校生で隣の席になって隣の家に引っ越してきた。
表現によっては、前後の文脈で批判と感じさせる必要があるため、難度が上がる。
やや皮肉的な表現のため、使い過ぎると全体的に嫌味な感じになるので、これも多用はしないほうがよい。
直接言わない、相手によってはそもそも言わない
最後にそもそも論になるが、わざわざ作者に向かって言わない。作者がエゴサして引っかかる分には仕方ないが、わざわざ言いに行くのはマナー違反。
そしてアマチュア、具体的には同人、インディーズではそもそもネガティブレビューはしない。アマチュアは善意の表現者であり、ビジネスではないのだから、意気を削ぐような行為は避けるべき。超売れっ子でそれで生活しているような人は実質プロみたいなもんなのでその限りではない。
逆に、プロでもアマみたいな状態は正直あるし、そもそもプロ相手なら何言ってもいいとは言えない。ここらへんは微妙なところだけれど、基本的にはこの記事であげた程度の表現にとどめておけば、特に問題はないはず。
ネガティブとポジティブを超えて
そもそも論の話をすると、そもそもネガティブレビューなんてしないほうがよいという話もある。そう思うなら別にわざわざする必要はないが、ただ言いたいことがあるのならば、それを言うのは重要なことだ。
たとえば、ネガティブレビューの一切ないECサイトのレビューを、どこまで信じられるだろうか。全員がポジティブな感想を抱くなんて、あり得るだろうか。あり得ない。不自然なほどネガティブな意見が見受けられないとき、ポジティブな意見もその価値を失う。ネガティブとポジティブは表裏一体である。
また、意見・主張・感想とはネガティブだのポジティブだので割り切れるものだろうか。たとえば以下のような感想はどうだろう?
「最後の主人公の選択は理解できない。ここまで読んできてこれかと思うとつらくなった。でも、そうするしかなかったのかもしれない。個人的には納得できないけれど……。オマケで良いから、後日談を描いてほしいなぁ」
これはネガティブだろうか。ネガティブな感情は感じるが、しかしそれだけなら後日談は欲しないだろう。しかしポジティブとも言い難い。
実際、人間の感情は複雑だ。様々な感情がないまぜになっており、それをどう表現するのが適切かは本人にすらわからない未知である。そのわからない感情を懸命に表現した結果、ネガティブに振れていたとして、どうしてそれを否定できようか。
重要なことは、ネガティブとかポジティブとかそんな表面的なことではない。自分の心に問いかけることだ。その結果の表現は、作品と同じように尊重されるべきものだ。
とはいえ、公の場に公開するのであれば、その表現には配慮があるべきだろう。配慮があればこそ、自由がある。
この話については、過去記事で掘り下げているので、興味のある方はご覧ください。

毎度話が抽象的になるきらいがあるので、今回は頑張って具体的に書いたつもりだけど、どうかなー……。

コメント
コメント一覧 (2件)
今までなんとな~く気を遣ってた事を言語化してもらった感。
“ネガティブレビューの一切ないECサイトのレビューを、どこまで信じられるだろう”
というのは正にその通りだと思います。
本来的に表裏一体なんですよねぇ。どちらか片方だけを消し去るのは不可能というか。
ネガティブを語る中で滲み出る名状しがたい想いのようなものが、ハラワタのごとく美味しいと思います。