Amazonからアフィリエイトの売上がなさすぎて、APIを止められるという悲しいことになってしまったという記事を書いた。

売上がないことはさして気にしてなかったのだが、APIを止められると、それ自体に否定的なものが感じられて凹んだのが正直なところだ。まぁ確かに現状、アクセスは現象の一途を辿っていたし、昔の貯金でまだいくらか見てもらえているものの、このままいくとさすがにつらいなぁ、と危機感を覚えた。日記みたいなものだと嘯いているものの、やっぱりサイト運営していつ以上、人には来てほしいと思う。
とはいえ具体的に何をしたらいいのかもよくわからなくて、なんとなく、ブログの昨今について思い返している。
昔は記事を書いていればよかった
何をしたもんかなぁと思うと、正直よくわからない。以前は記事を書いていればそれなりのアクセスにはなった。でももうそれではダメらしい、ということだけはわかるものの、記事を書く以外のことをしてこなかったので、どうしたものかよくわからない。そもそもするべきなのかも、本当を言うとよくわからない感覚がある。別にAmazonリンクとかなきゃないでいいし。
まぁでも、なんかすべきなんだろうな、とは思う。サイトを運営するということは、人に知ってもらったり、来てくれた人がより楽しめるための見栄えを整えたり、といったことまで含めてのものなんだな、と今更ながら思う。まぁでもそうだよな。
昔の昔はいろいろやらないといけなかった
昔は、ジャンルごとのサーチエンジンがあって、まずそこに登録したり、後は他のサイトと相互リンクを結んだりしていた。相互リンクってもう今の子は何のことかわからなさそうだが、個人サイト同士でリンクを貼る行為で、相互フォローに近い。このリンクを集めた「リンク集」はサイトコンテンツの一つであり、実際ユーザ的にも他のサイトを知られる有り難いものだった。
リンク集からは飛べるのはサイトのトップページ……の前にまず謎の「エントランスページ」があることも多かった。このサイトに入る前にこのサイトがどんなサイトか書かれ、それでもよければ入ってね、という体裁を取っているところが多かったんだな。
まぁたとえば「このサイトはAxBのカップリングを応援するサイトです。苦手な人はご遠慮ください(Yahooのリンク)」といった具合だ。印象に残っている変な文言だと「IEなどというクソブラウザには対応しません」という但書をしているサイトもあった。その人は職業ITエンジニアだったので、今にして思うとIEに親を殺されたんだと思う。僕も大人になって仕事を始めてから、殺されかけたことがある。
そしてエントランスページからはトップページに入る。だいたいようこそと言ってもらえる。何故かようこそと言った回数も教えてくれる。キリの良い回数の時には直ちに管理人に報告する義務が多くのサイトで課せられていた。また、トップページはそのサイトにあるすべてが外観できるように、工夫を凝らされている。その中にはやる気だけを貼り付けた「工事中」なるハリボテもよく見かけたものだった。だいたい落成することなく終わる。
こういったあれこれは面倒臭いものだ。サイトの体裁を整えたり、同じジャンルの人に挨拶したり、色々なサーチエンジンに登録したり。関係の維持も重要で、しかし掲示板の設置でユーザとの交流くらいはわかるが、一人のサイトレベルでチャットがあるのも珍しくなかったのは今にして思うと凄まじいな。
Googleがすべてを変えた
こうした面倒なよしなしごとをすべてぶっ飛ばしたのが、Googleである。Google検索はユーザをダイレクトに一つのサイトの一つのコンテンツに飛ばした。そこにはトップページもリンク集も煩わしい人間関係もなく、ただアルゴリズムだけがあった。
そしてGoogle検索に適合したのが、ブログである。ブログは記事を時系列でひたすら並べていくもので、従来の個人サイトに比べると「どこに何があるのかわからない」ものとして不評であったが、このデメリットをGoogleがぶっ飛ばした。必要なものがどこにあるかはGoogleが教えてくれた。Googleから人が来るので、トップページも面倒なリンク集も不要になった。ユーザにあなたがここに来た何人目かを教えることは無意味の極みと見做された。
Googleにとっても、プログラムに親和的な構造をもったブログは良いものだった。多くの個人サイトの我流プログラミングは、人の目に合わせたもので、プログラムにとってはわかりづらいものになっていた。ということで、個人サイトは検索の世界でブログに負け始めた。前述のように多大なコストを払ってしかも負けるのだから、やってられないものである。今でも個人サイトを続けている人もいるが、ブロガー以上の希少人種だ。そろそろ勲章の授与が検討されてもよい。
個人ブログとは
ところで個人サイトと個人ブログという言葉は、意識して使い分けられることもあれば、なんとなく包括して使われることもある。
使い分けるとき、個人サイトとは「ブログが流行る以前の古き良きゆうすけのホームページ」であり、個人ブログとは「個人サイトとしてブログの形態を取ったもの」である。ブログとはWebサイトの形態に過ぎないので、「ブログも含めた商業目的ではない個人の趣味サイト全般」を指して個人サイトと言うこともある。商業目的のやつは、たとえ運営者が個人でも個人サイトとか個人ブログと言われることはあまりない。
まぁつまり、「個人」と頭につくものは基本的に趣味サイトである。趣味に使える時間は限られているし、何より趣味なのだからあまり面倒なことはしたくない。ということで、いろんな面倒事をぶっ飛ばしてコンテンツ作りだけに専念できる「個人ブログ」は、個人サイトの形態として非常に好まれるようになった。
ブログで稼ぐでブログは死んだ
ブログ、に限らずWebサイトには広告が貼られているのが一般的だ。その目的は様々だが、個人ブログの場合は稼ぐことが目的ではなく、「趣味のハンドメイドが売れたら嬉しい」くらいの感覚でやられていることが多いのではないかと思う。あと少しでも実入りがあれば、サーバー代やドメインなどのマイナスを打ち消すことができる。少なくとも僕はそんな感じだ。というか、時給換算すると、一番よかった時でも時給10円くらいだったと思われるので、稼ぎたいなら個人ブログなんてやらない。
しかしまぁ、一時期やたらと「副業でブログ」みたいなのが喧伝されていたこともあったから、実際には儲ける目的でブログを始めた人も多かったのかな、とは思う。ただ全然儲からないということがさすがに最近はバレたとみえて、あまり言われなくなったが、代わりに「ブログはオワコン」とか言われるようになった。
まぁ現実には、法人がGoogleをはじめとする検索エンジンが好みそうな形でクソ記事を量産しており、実際それが検索結果の上位を埋め尽くしているから、稼ぐという観点でもオワコンとは言えないように思うが、しかしまぁ、今更個人が入ってどうにか出来るジャンルではなくなったことは確かである。
でもあれ、本当にペイしてんのかなぁ。あれがペイしてるんなら、本当にマジで全然コストかけてないんだろうな。そりゃ?ですわ。
やれることあるような気はするが
多分これが、僕がいまだにブログから離れられない理由の一端ではあるように思える。法人が素晴らしい記事を量産していてとても太刀打ちできない、というのであれば諦めもつくのだが、実際にはどうみてもゴミにしか見えないので、「なんであれが」「これでいいのか」という気持ちになる。Googleから見てもゴミだらけであることを認められたのがWELQ事件(「「認識が甘かった」 医療情報サイト「WELQ」問題とメディア事業の今後をDeNA守安CEOが語る | ハフポスト NEWS」反省が感じられない。多分してない)なわけだが、その後も状況は変わっていないどころか悪化の一途を辿っていると思う。
今の検索上位にある公式のパンフレットとWikipediaをChatGPTにまとめさせたような記事群を見ていると、なんだかちょっと諦めきれない気持ちになる。インターネットってそうじゃなかっただろ、みたいな。近所にイオンが出来た個人商店の主も、もしイオンで売られているものが高いだけのゴミだったら、商売をやめようという気にはならないんじゃないか。
つまり、コンテンツ的には正直まだ戦えるような気がしているし、また現状をいいとも思えないので、なんかまだやれることあるんじゃないか、という気持ちになるのかなぁ、と自分を振り返って思う。
とはいえ現実に起きていることはサイトの衰退であるし、また僕だけでは無く個人ブログというものそのものが忘れ去られつつあるような実感もある中で、はてさて具体的に何をどうしたもんなのかと思うと、どうしてよいかわからんなぁというのが、正直なところである。
なおここまでSNSの話を一切していないが、SNSについて思うところはないでもないものの、本質ではないかな、と思っている。まぁでもまたこれも考えるかも。
いずれにせよ、検索エンジンがあてにならないなら、かつてGoogleがぶっ飛ばしたものの復旧はとりあえず必要だろうか。それでアクセスは増えないと思うが、純粋にサイトとして必要に思える。エントランスページやアクセスカウンターはいらんとだろうが、サイトマップの役割を果たすトップページくらいはあってよいのかもしれない。……ゆうすけのホームページへようこそ……?

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