エロコメとラブコメの国境線はどこにあるのか?

死ぬほどどうでもいい記事で2026年をスタート。

エロコメとラブコメの境界はどこにあるのだろうか?そもそも境界はあるのだろうか?あるいはあるべきなのだろうか?そもそもエロコメとはなんなのか?

目次

ラブコメとエロコメ

そもそもエロコメとは何か。ラブコメはよく知られたジャンルだが、エロコメはジャンルといってよいのかわからない。少なくとも僕は「エロコメ」という本棚を見たことがない。

エロコメはジャンルというより、ラブコメの中で一際エロに寄った状態を揶揄したもの、という認識だ。

エロコメの用法については、下記が一つ参考になるだろう。

すけろく, 王子様の友達 4, 2025

エロコメとはエッチなのだが、ラブコメ好きからするとやや賛否の分かれる境界であることが見て取れる。そしてエロコメに判定されることは、ラブコメ的にはネガティブなニュアンスがある

その理由は、ラブコメのラブをエロというもっとも安直なものに置き換えているところにある。一方で、ラブとエロは切り離せないものであり、エロを不自然に排除したラブもまた不誠実であり認められないのもまた事実だ。政治的に正しいラブをしたい人類はいない。

そこに愛はあるのか

そうすると、ラブコメとエロコメになんの違いがあるというのか?エロがラブの一表現であるならば、エロコメとわざわざ表現する理由は何か?

まず明確な線引きが一つ考えられる。それはこのような問いかけになるだろう。

そこに愛はあるのか?

この問いについてNOならば、少なくともラブコメではないように思える。つまり、ただパンツが見えていたりラッキースケベがあったりするだけでは、それは単なるサービスシーンなのであって、ラブコメではない、というわけだ。つまり特に意味のないローアングルによってなんだかきわどいことになっている、というのは、ラブコメ的なポイントにならない。なので、オープンスケベはラブコメになりづらいと思える。

しかしサービスシーンがあったらエロコメだというのは繊細に過ぎる。また、現実には微妙なラインのものが多い。たとえば主人公とヒロインの間に恋愛を意識した関係がある場合、ラッキースケベによる反応などが見られるのであれば、それはラブコメのワンシーンにも思える。実際性的な接触がきっかけとなって関係に変換のある展開は、ラブコメで珍しいものではないし、これはまっとうといえる。

だからといって、なんだかどのページを見ても神の力で抱き着いたり胸もんだりしている、というのでは、愛があろうと関係の変化があろうと、こりゃやっぱエロじゃないかい?という気持ちになる

エロくなければだめなんですか

そこで次の問いが考えられる。

もしエロがなくなっても読みたいか?

これまでの性的な表現については置いといて、今後二度と性的なシーンがないと仮定されたとき、それでもなお続きを読みたいと思えるかどうか。その気持ちが強いのであれば、恐らくそれは良いラブコメである。この場合、エロはあくまでラブを引き立てているものであって、それがなくなると魅力を削いだとしても、消えないコアがある、というわけだ。

一方で「だったら読む気にならねぇなぁ」ならば、これはちょっとラブコメとしては厳しいだろう。

ただだからといってエロコメかどうかはまだわからない。つまり、それは単に面白くないラブコメかもそれないからだ。エロでなんとか場をつないでいるつまらないラブコメならば、それをエロコメと称するのはまずエロコメに対して失礼な気がする

また現実は微妙なもので「この作品からエロがなくなったら…だいぶ読む気はなくなるが、結末くらいは知りたい気がする」みたいなのもあり、そう思うのは見どころがあると感じているわけだから、ラブコメとしてつまらないと一刀両断で切り捨てるのも忍びない。

ラブがないとラブコメじゃなかろうが

まぁでもそんな微妙な作品をラブなのかエロなのかと考えること自体が不毛ではあって、身もふたもないがエロの有無にかかわらずとりあえず面白くあってくれというのが願いではある。

そもそも別にエロいことについて俺は偏見ないし、別にエロコメが悪いとも思っていないんだが、ただラブコメ好きとしては、ラブが薄味なのにラブコメと言われると納得いかないので、そこんとこしっかりわけてほしい、というわけなんだけどどうでもいいです。今年もよろしくお願いします。

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