作・安原宏和、2巻2021年。積ん読消化の季節。
うーんこれは可愛い生き物。読んでいると自然とニヤついている自分をふと観察してキモいなぁと思うなど。
基本的には恋する乙女リリーちゃんを愛でる漫画で、リリーちゃんは確かに可愛い。ただどこまでもリリーちゃん可愛い!なので、ジャンルわけしたらラブコメに入るだろうけれど、ラブコメとして良いかは微妙かもしれない。実際、お相手としてのれんじくんには安堵感はあれど絶対感はない。いやこの歳と歳の差じゃ仕方ないでしょと思われるかもしれないが、この分野では矢部ひととかいうレジェンドがあるので……。そういえばアレも戦隊が繋がりになっていたか。趣味は自然に歳の差を繋ぐ架け橋なのだね。まぁ現実繋がるかは置いといて。
以下リリーちゃんを愛でる2巻感想。リリーちゃんと異文化交流して英語を学びたいだけの人生だった。
前回記事

この漫画最初に読んだのってだいぶ前なのだけれど、記事にしたのは2024年なのでだいぶ後となっている。そしてその後その続巻の記事を書くまで例によって1年かかっているという。でも本棚にはずっとあったのだよ。
ラブコメのような違うような
本作は非常に愉快なマンガで、汝リリーちゃんを愛でよさればヘブンとでも言うべきもの。非常に気楽に読める漫画であるし、実際に気楽に楽しんだのだが、なぜか毎度記事にするまで、どころか読むまでに時間がかかっているのは、「読んだからには記事を書かねば」という謎のプレッシャーを勝手に背負っている俺にとって、割と楽しめるであろうにもかかわらず、記事に書きづらいのもまた目に見えている類の作品だからだろう。
そういうジャンルはいくつかあって、日常系で特にありがちなんだけれど、特に本作の場合は「ジャンル分けしたらラブコメじゃね」と思われるため、余計にやりづらい感はあるかもしれない。

この「今のところは……ね?」と、頬を赤らめながらも精一杯思わせぶりに振る舞う、おませなリリーちゃんとそれに振り回される大学生れんじくんメガネ割れるパパが楽しいのであって、この楽しさは外形的にはラブコメに他ならない。他ならないのだが、本質的にはラブコメというよりそれと隣接した日常系のようにも思える。まぁジャンルは所詮後付けの便宜的なラベルに過ぎないということがわかる作品ではあるかもしれない。
実際ラブコメとしては正直そんなに言うことないんだよねぇ……。前回においてもリリーちゃんの変顔コレクションを集めてしまったくらいだし。本質的にはこの可愛い生き物であるところのリリーちゃんをみんなで愛でようず、だしそれが作品としては良い味になっている。これは「ラブコメやらないといけないのにヒロイン愛が全面に出てしまってラブコメになりきれなかった」とは明確に違って、むしろ「ラブコメやりたくなってしまうがラブコメにしてはいけない」という非常に微妙なラインをついたところで、実際ラブコメに振り切らないことで、本作は気楽に楽しめる愉快な漫画に仕上がっている。
かっぷりんぐなんですか
そんなわけで、本作は必ずしもリリーちゃんとれんじの関係で成り立つわけではなく、リリーちゃんを愛でる愉快な少女たちに囲まれるだけでも話としては成り立つ。2巻から出てきた恋のライバルになるわけでもないゲーミング少女などはまさにその体現とも言える。
しかし、それでガールズだけで話をしてしまうと、凡百のなんちゃって百合漫画みたいになってしまうわけだが、本作の妙は関係姓の柱に男のれんじを建てているところにある。実際リリーちゃんの人間関係はれんじあってこそのものだ。
この絶妙な関係を見ていて思い出すのは、今となってはもはやレジェンドカップルだったみつどもえの矢部ひと。あれもまさに歳の差かつ早すぎたカップリングだった。あまり良かったので、それはクソ長まとめ記事を書いて人類に貢献する試みを俺にさせた。

今読むとこの記事狂気じみているんだが、こういうことを以前の俺は時々した。今はもうちょっとこの元気ないと思う。何事も元気が必要なんです。元気ですかー。
まぁ矢部ひとと比較するのも酷な気がするし、またそれぞれに違った味があるのだから、それぞれ楽しんだらよかろうなのだ、といえばそれは正論なのだけれど、しかしどうしても思い出してしまうね。矢部ひとが特殊であったのは、「ラブコメを読者に想像させた」ところにある。作中では矢部っちとひとはの双方に現在進行形の恋愛感情を表現していないのに、読者のその将来を想像させる妙味があった。
そこへいくと、本作ではリリーちゃん可愛い!と思わせる表現と、そのお相手がれんじくんで良かったなぁと思わせるところはあるのだけれど、別にれんじくんでないと……という気もしない。もっといえば、まぁこれはリリーちゃんの楽しくも切ない初恋物語であったのだ、という風に締められても「まぁ人生そりゃあね」くらいの気持ちにはなるがしかし泣かせたられんじ許さん。
まぁ逆に言うと、リリーちゃんが積極的に心変わりするなら、それは仕方ないように思えてしまう。ただそれは可愛いリリーちゃんの可愛さとかけ離れているので、結果的にそうはならんだろう。ただそれだけに、カップリングとしてその道しかないのであれば、もっと絶対感が欲しいなぁ、と思ってしまうのだけれど、まぁでもそれは僕のラブコメ趣味がそう思わせるだけなんかもしらんね。
グダグダとつらつらと
ところでリリーちゃんはイギリス少女。まぁ実際奥手で人見知りのリリーちゃんにアメリカ少女感はないよね。アメリカ少女とか北欧少女の次くらいに面倒くさいイメージになっているし。まぁ実際はアメリカ少女もスウェーデン少女(突然の名指し)も色々だとは思うが。まぁ島国同士、文化的にも比較的合いそうな気はする。そういえばリリーちゃんの小姑プレイもイギリスおばさん感あるわ(偏見)。
そういやここまで紅茶出てきたっけ。イギリス人はニューヨークの中心で紅茶が好きと叫ぶイメージしかないんだけど、今でもそうなんだろうか。コカ・コーラ飲んでハンバーガー食べてるリリーちゃんは微妙だなぁ。でもここまで特別のイギリス感もない気がする。英語がイギリス英語になってるとか地味に仕込まれていたりするんだろうか。
などとグダグダ書いて終わり。マジでもう本当に記事書こうとしてもただグダグダしちゃうんだよ。まぁでもそれでいいのかもなぁこの漫画の場合。
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