作・柴田ヨクサル。2006年1巻より2014年35巻まで全35巻の将棋(?)漫画。昔将棋好きの友人が「ハチワンダイバーは面白いけど将棋漫画とは認められない」みたいなことを言っていた。駒の動かし方くらいしか知らない僕でも「これは将棋なのか?」と思うので、将棋好きにとっては複雑な感情を抱かせる漫画なのかもしれない。なんか核兵器とか出てくるし。画面の8割くらいが物理的な殴り合いだし。
しかし面白い漫画であるには違いなく、本作はたまに読み返す漫画の一つだ。そして当サイトで取り上げたのは、この漫画が典型的なボーイ・ミーツ・ガールだからでもある。まぁボーイ・ガールというにはやや年齢制限に引っかかるのではないかという気もするものの、物理でピュアだから問題なし。むしろ歴戦のピュア。
以下たまに読み返すだいたい12巻くらいまで。菅田vs右角くらいまでがまぁ好きだったので……。正直中盤以降は惰性で読んでいたが、ボーイ・ミーツ・ガールの純度でいえば最後に向かって高まっていく作品でもあった。
たまに読みたくなる漫画シリーズ
まぁ今さらこの作品にネタバレも何もあったものではないし、そもそもストーリーは全35巻という長大な長さにも関わらず主人公・菅田とヒロイン・そよが崩落する世界を背景に幸せなキスをして終わりというハリウッド万歳なので、特に気にせず語っていく。
漫画を読み始めて長いが、未だに読み返すことのある漫画というのはそう多くない。その多くない漫画の一つがこのハチワンダイバーなのだが、本作は人気作であったことは違いないとは思うものの、特にオタク界隈で交流などなかったので、具体的にどんな評価がされているのかはよく知らない。ただ、将棋好きの友人が「おもろいけど将棋漫画ではないやろ」と口を濁していたことばかり記憶に残っている。友人は月下の棋士を推していた。
まぁ将棋が特に好きというわけでもない身からすると、ずっと将棋の駒を動かしているので将棋漫画なのではないかと思われるのだが、将棋好きに「将棋漫画ではない」と力説されると、まぁそうなのかなぁという気もする程度には、割とカオスな漫画ではあった。そして僕が未だに読み直すことがあるわけも、将棋漫画ではないからかもしれない。
シンプルにボーイ・ミーツ・ガールだったので
では何の漫画かというと、伝統的なボーイ・ミーツ・ガールであったように思う。主人公は将棋を諦めなければならない年齢であったし、すっかりやさぐれてしまい、まぁ少年漫画の主人公には似つかわしくない。実際少年漫画ではない。本作は努力友情勝利と対極の、才能独歩敗北の作品である。
なにしろ物語の始まりは、挫折した元院生が酔っ払いのオッサンと賭け将棋して口に糊して過ごしているという絶望のスタートだ。最近……でもないが、平成敗残兵すみれちゃんを読んでいた時、エロ同人売って濃いファンに握手をせがまれつつ、何者にもなれない中途半端な、しかし諦めきれない自分を唐突に自覚し、自律神経崩壊してボロボロ泣く元アイドルという救われない描写があったが、あれと本質的に同じものだな。まさに現代的な、そして少なくともこの20年ほどでは変わっていない悩みなのだと思う。
しかし20年前に生まれた本作の主人公には、確かな基礎と、将棋という一つの確かなものに対する情熱があった。主人公はただ将棋にかけ、そして将棋を捨てられないでいる。それはエロ同人を売って生活するのとは根本的に違うように思う。この純粋な単一のベクトルは、今の僕らには少し共感しづらいところかもしれない。良くも悪くも世の中全体が擦れてきた。あまりにも、色々なものがありすぎるのかもしれない。20年前は今よりはもう少しシンプルであることが許されたように思う。
そしてそのシンプルな世界観のもとで、主人公はヒロインと出会い、そして運命が大きく変わる。これはまったくもって、純然たるシンプルなボーイ・ミーツ・ガールだった。まぁ、主人公・ヒロイン共にもはや少年少女の風貌ではないものの、心も身体もピュアだったし、二十代ラブコメなんて今となっては珍しくもない。いや、それどころか三十代ラブコメすらある今日この頃。しかし三十代ともなるとさすがに物理的ピュアも何もどうでもよいが、二十代はギリギリ身も心もピュアであることが尊ばれる。
……とはいえ、この見るからに太ましいヒロイン・そよは実際のところ、どれくらい人気があったんだろうか……まぁそれを言ったら作者さんのヒロインだいたいみんなガッシリ(物理)しているんだが……いやむしろその筋にとっては唯一無二の供給なんだろうか……。
太ましい最強NTRヒロイン
冷静に考えると、このヒロイン、見た目が太ましいというだけではなく、最初から最強、ラスボスにNTRそうになるなど、珍しい部類ではあるかもしれない。設定的にもサラブレッドであり、主人公より主人公らしいヒロイン。なんかこれだけ書くとNTR同人ゲームっぽい笑
しかしそうでいながら、実のところあまり主人公映えしないキャラでもある。中盤以降、主人公・菅田以外の視点が多くなり、そよ視点の話は特に多いのだが、正直そよ無双はそんなに面白い話ではなかった。まぁそよ以外の話も正直まどろっこしかったので、案外にも見た目平凡な菅田がきちんと主人公していた、というほうが正確なのかもしれない。
まぁ実際、本作で面白いのは最強無敵、むしろお前がラスボスだろ系ヒロインに、恋い焦がれ追いつこうとする主人公の姿だ。それでも離れていくヒロインをその手に取り戻し、抱きしめ、そのまま身を挺して世界を救うという、将棋をテーマにしながらなんともU・S・A!な話なわけだが、結局それが面白いのだから、人間ってのは単純だよなぁ。まぁでも、さすがに世界と個々人の恋愛が一体化するのは、やはりこの時代の日本特有だったりするんだろうか。
今は昔
ちょっと気になるのはその点だ。僕はまぁこの漫画を難なく読んでしまうのだけれど、この単一の事物に対する熱量といい、世界と自分が一体化するような筋書きといい、イマドキの人が読んだら、あまり共感的できないのかなぁ、とも思う。本作の絶頂期は多分00年代後半だろうし、最終巻も2014年と既に10年以上前。漫画の世界じゃ一昔前といったところだろう。崩壊する世界の中で将棋をさして好きだと叫ぶこのバカバカしさ、00年代の産物という気はするんだよな。
なのでまぁ、未だにボーイ・ミーツ・ガールといったら結局これよな、などと思ってしまう僕は、なんだかんだで、しっかりと時代の流れの中で生きていたのかなぁ、なんて最近思いつつ、本作をたまに読み返すのであった。
さらば平成。



コメント