作・小野ハルカ、2016年1巻。なんかこういう絵柄の漫画久しぶりに読んだなぁ。犬上すくね思い出す。
さて、本作はタイトルが察せられるとおりラブコメ漫画だが、ラブコメそのものよりもラブコメ語りのほうが成分的には多いかもしれない。考え方は違えど、本サイトを漫画に書き起こすとひょっとするとこんな風になるのかもしれないね。
ラブコメとしては、歳の差カップル、しかも女(32)が一回り上、というのは珍しい気がしたかな。男の子は20歳。Amazon見るとマンガワン女子部ということで、女向けだとするならば、けっこう多い設定なのか、どうかはしらない。いや、珍しいんじゃないかな。男向けの男年上系だって、一回りからの歳の差カップルはそんな多くないし。
ってかこれ2016年だから、本サイトが出来た時くらいの作品だったんだね。いつものように今さら1巻感想。
「仕事は楽しいかね?」←やめろ
本作の主人公かつヒロイン・桐生先生は漫画家で、自分が嫌いな要素を詰め込んだテンプレハーレムラブコメ描いたら大受けしてアニメ化しちゃいましてウザいなウザいです、というなんともな設定。
好きなものをいくら作ってもウケないから、いっそ嫌いなもん作ってやりましたわ!大受け……だと……?
という話自体はそう珍しいものではないと思うし、特に漫画家漫画などにおいては必ず一度はテーマになるものではなかろうか。これは言ってしまえば「自分のためvs他人のため」で、まぁ漫画や創作に限らず、永遠のテーマですね。自分のためと他人のためが乖離したとき、人は混乱する。たいていはそんなことはやめるのだが、やめられない事情——仕事はその筆頭——があると、この深遠なる問いと向き合わなければいけない。
ここで他者への影響を与えたい、あるいは与える必要があると考えた時、人は基本的に「他人のため」を優先する。それは自分として耐え難さがあるため、合理化が必要だ。作中でも言われる「プロの仕事してんだよ」はもっとも一般的な合理化である。
しかし、ではもし明日死ぬとしたら、あるいは明日じゃなくても、半年、一年先、死期というものを意識したら、果たして他人のためだけの仕事を続けるだろうか?多分続けない。人は死を意識した時、自分のために動く。
だが自分のために動く、とは必ずしも自分のためだけであることを意味しない。自分のために動くことと、他人のために動くことが、一致することがある。そうして、自分と他人が合わさった刹那を見たとき、僕らは時に感動を覚える。紆余曲折を経て、複雑な世界の何もかもに振り回され、それでもなお自分と他人が合わさる偶然、あるいは必然の一致を、もっとも浪漫を以て描いたジャンルの一つが、ラブコメだと思う。
みんな違ってみんないいって本当ですか
……ということで、突然何を言うのかという感じではあるけれど、こういうことを書きたくなってしまう程度には、なんというか、ラブコメというよりラブコメについて話している漫画、という感覚が強い。これは漫画家漫画の側面があるからだろう。実際には、本作の中でラブコメは「理解できないもの」「軽薄なもの」として語られている。しかも現代のフェミニズムっぽい価値観まで搭載されているためたいそう面倒くさい。
うわぁ…
そう…
こういう偏見の垂れ流しこそが大嫌いなんだよ!!
女は恋愛大好きで恋人欲しくて仕方ないのがデフォな生物とでも言いてーのか!
はい、めんどくさいですね。まぁこのシーンはラブコメじゃなくて、バラエティ番組のリア充女子と非リア女にわけて彼是するいかにもなやつ見てキレてるシーンなんだけど。まぁ似たようなキレ方は男女問わずネットではよく見る。
こんな感じでラブコメなんか理解できん!という体裁でラブコメやハーレムを腐しながら進むのだが、一方で、本作がまさにそういうラブコメであることを鑑みれば、それは狙い澄まされたブーメランであり、まぁだからこそこれだけ忌憚なく悪口も書ける、というものだろう。しかしその表面的な悪口をそのまま受け取るべきではないことは、表紙のヒーロー役・浅倉くん(20)が主人公(32)に言う言葉に表れるだろう。
以下は、浅倉に桐生は自分が描いている漫画の主人公のことが好きではないのか、と問われて首肯せざるを得なかった桐生に対する浅倉の返答だ。
「それでも…やっぱ出るモンなんスね、作者の考え方とか価値観って…主人公の言動に。」
「——…俺が…兼好くん好きなのは。一番桐生さんに似てるから…ですよ…!」
まぁこのシーンはハイライトなんだが、色々と思うところがある。
まず読者的には、作者が自作のキャラを気に入っているかは必ずしも気にしない。気にする人もいるだろうし、あるいは多いかもしれないが、俺はどうでもいい。そのキャラが好きかどうかは、俺の問題であって、作者の問題ではない。したがって、桐生が浅倉に気を遣うのは、或る意味で「読者とはこういうもの」と、まるで「女子は恋愛が好き」と思い込む人と同じように、読者について勝手なイメージで思い込んでいるからに他ならない。
そしてまた、恐らく桐生自身よりも、浅倉のほうが、桐生の描く作品やキャラについて深く読み理解している可能性がある。そもそも桐生はあまり自分で自分のことが好きではなさそうだから、自分に(それと知らず)似ている主人公のことが好きでなくても不思議ではないし、また「好きではない」という思い込み自体が、自身の作品への読み込みを阻害するだろう。
まぁでも自分も多数派ではないなぁと思うので、桐生のように疎外感を覚えてふて腐れるのも心情的にわかるんだよねぇ。男の子ってそういうのが好きなんでしょっ。
どうして
ということで何故か今さら1巻を読んだ。正直何故本棚にあったのか自分でもわからん。5巻まででサクッと読める系だが……うーん……中古で安かったら……かな……。あー、あとは10年前だしなんかの表紙で期間限定無料とかになっていたらあるいは……(乞食)。


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