ちょっと今作業が立て込んでて漫画読んでる場合じゃねぇって感じになってしまっているので、例によってつらつらと与太話。
本の管理にはずっと課題感がある。本棚しかなかった頃と比べて、この課題はよくなっているどころかむしろ悪化の一途を辿っている。特に漫画なんか史上最悪レベルの状態に置かれているのではなかろうか。
電子のせいで、今大変なんだから
本の管理をこれ以上ないほど面倒くさくしている理由に、形態の多様さがある。昔は漫画なんて買うか借りるか古本でgetするかだった。そして置き場所は一つ、本棚だった。
今は違う。もうたいへんなことになっている。本は紙の書籍と電子に分かれるが、紙の書籍だけでも、買うだけではなく、レンタルという形式が一般的になってきた。また電子はカオスの極みで、自分でスキャンしたものもあれば、電子書籍ストアで購入するものもある。電子書籍ストアには「読む権利」としか言えないものと、「実際にデータをダウンロードできる」ものに分かれる。とても残念なことに、今漫画はほとんど読む権利しか買えないのが実態だ。
さらに今は漫画アプリ・Webサイトがある。出版社どころかヘタするとレーベルで分かれているし、その癖どこもかしこも似たようなアプリやビューアで、今自分が何を使っているのかも定かではない。ややこしい。広告うぜぇ。
重要なことは、これは技術的な問題じゃないってことだ。技術的にはもっと綺麗に整理できる。でもそれは技術的にはハンコは不要と言っているのと同じようなもので、ハンコはまだあるし、明日もある。
じゃあ何の問題なんだろうか?ハンコと同じで、文化と政治の問題だ。ほとんど政治の問題かな。ここでいう政治とは、制度的なものばかりではなく、会社の力関係といった、より広義のものを含める。まぁビジネスモデルの問題、といったほうが一般的にはとおりがよいかもしれない。僕はそれもひっくるめて政治と言ってしまうので、そこらへんニュアンスは汲んでくれ。別に珍しい使い方じゃない。オトナ語というやつだ。
そのように考えた時、ハンコについては多少マシな未来が見えるのだけれど、本については絶望しかない。ハンコは文化的な側面もあるので、極めて儀礼的なものについては残るかと思う。だが実務的にはさすがに相当消えゆく運命にあるだろう。既に個人レベルではあまり使わない。法人は使う。だいたい役所のせい。いい加減にしろ。
コロナが転機になったな。あれで実務的な大義名分を大きく失った。まぁ元から実態はないも同然だったけれど、続いてきたものを変えるにはきっかけがいるものだ。今やハンコを残したい勢力というのはほとんどないし、そのうちに誰に気を遣っているんだこれは、というような感じになって、良い具合に落ち着くだろうと思われる。
一方で本の未来は暗い。無数の漫画アプリがあり、電子書籍ストアが乱立し、しかし一切自分の手元に残せないため統一的な管理ができない。今自分が何を読んでいるのかも、なんなら何を持っているのかすらわからない。この状況は続く。これは各社オトナの事情だからだ。
こんな未来はウソであってほしかった
しかし、Kindleに支配された世界線よりは、無数の小国が乱立している今の状況のほうが、ユーザにとって不便でも良い状況だと思う。一極集中した場合、競争相手がいなくなった場合、それは読書という文化がAmazon社に支配されることを意味する。なので、すべてKindleに集約しろ、というのはユーザの利便性の観点からすればもっともなのだけれど、それは実は中長期的にはすべてのユーザを破壊する。なので、今は地獄だし最悪だけど、それでもなおマシとも言える。
本来的に言えば、そもそもデータを買って自分で保存・管理できればこんな問題は起きない。起きないのだが、これは技術的にはそうというだけで、ビジネス的にどこもそれをするモチベーションに欠ける。一部、理念を優先する技術系の出版社や、教育系の出版社にデータを直販している(DRMフリーという)ところもあるが、ほとんど少数派だね。一般には存在すら知られてないのでは?まぁ漫画ではまず見ないね。
そういえば、商売ではないが、かつてのマンガ図書館Zは当初pdf落とせたような気もするが、後半はビューアになっていたような。これはデジタルデータには複製の問題があるので、それが問題なのかなぁ、とは思う。実際、コピー問題はデータ直販反対派の大きな言い分となるだろう。自分で本を裁断し、スキャンしてデジタルデータにすることは可能だが、手間暇や品質の観点でやれる人は限られている。デジタルで簡単に誰でも複製できるのは困るだろう、と。
まぁ、僕はやってるけど。かつて漫画村にあったような海賊版は、誰か一人がそうやってスキャンした物をあげれば後は流通してしまうのだから、これはやっぱりデータを売らない理由には本質的にはならないと思うんだよなぁ。
つまり海賊版がというのは建前であって、本当のところは各社プラットフォーマーになりたい、というのが実際なんだろうと思う。ただみんな同じ事を思っているし、またコンテンツというのは技術のように優劣が明確なものでもなく、またネットワーク効果などというのもないので、今のところインターネットで起きた寡占の悲劇は起きていないようだ。でもこれは予断を許さない。
古本を捧げよ
結局、このデジタル時代、本を手元に置くという当たり前のことをするには、紙の書籍を買う必要がある。置き場所がなければ自分でデジタルデータ化することも頑張ればできる。
残念なことに、この流れは続くだろう。まさか僕がかつて「時代遅れ」と断じた紙の本が、自由を守る最後の砦になるとは思わなかった。つくづく、自分の甘さを恥じ入るばかりだ。紙の本は不便だ(と僕は思っている)けれど、それが文化を守っている。
僕はPFUのScanSnap S1500をかれこれ10年以上使っているが、さすがにガタがきているのでこの前発売された新型に置き換えたいね(本来交換部品ではないローラーが恐らく使い過ぎによる溶解で壊れたので、無理矢理シリコンチューブで置き換えたドケチ客)。まぁクソ高いんだけどさ。
最近また本屋にも行くようになった。昔は「これだけの知があるというのか」とちっぽけな自分の矮小さを思い知らされていたが、今となっては「これはたいへんすごいでござるな。はいはいござるござる」と一通りござるして終わる感じだ。僕が憧れた知を生み出した誰かはこの世にいたはずだが、結果的にはこんな未来が現在なので、まぁ人間というのは所詮そんなものなんだろう。
それでも文字を残すというのは大事なことだと思う。それは企業のストアの中にあるべきではなく、それぞれの個が雲の上ではなく自分の部屋に持ち、その個の集積によって紡がれていくものでなければならない。
まぁでも漫画はもう当分きついね。はい、アプリ起動して広告見ますねー(画面から目を逸らしながら)。



コメント
コメント一覧 (2件)
自分は好きな漫画は紙で読む派ですが、ストーリー漫画なんて10巻20巻平気で続きますから置き場所が無くて大変です?。家族の無言の圧力もありますし……(笑)。
置き場所問題と持ち運び問題なんですよね。身内の圧力はありますよねぇ。
自分が電子派になったのは、持ち運べない環境で電子だけが頼りだったことがあったからなのですが、しかし紙の存在感は電子では再現できませんね。