ブログ開設10年経過しました:35歳サブカル定年説はとうの昔に越えた

そういえば、ブログを開設して10年が経過しました。ブログ開設日が何日か?は実はけっこう難しい問題なのですが、まぁ最初の記事が投稿された日である2016年1月11日が適当かなと思います。ということで今決めました。2016年1月11日がサイト開設日です。10年経過して決めることじゃないなぁ?

このように、10年たつまで開設日を決めていなかったくらいですから、私は記念日的なものはあまり重視していないのです。それでもまぁ、10年経過すると少し感慨深いものを感じます。正直、ここまで続けるとは思っていなかったというか、続いてしまったことが恐ろしいというか……。

だって当サイトのテーマはラブコメ漫画ですからね。これ10年続けるってことは、10年年老いた、ということです。いつまでやってんだおい、みたいな感じはあります。今年あたりついに4の大台に入ります。ギリ3。まさかまだやってるとは……。

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サイトの開設理由

もともとこのサイトは、実用と虚飾の生活にウンザリして、役に立たなくて飾り立てないことをしよう、という気持ちがあって作ったものです。それで選ばれたのがラブコメ漫画。ラブコメ漫画の語りは、何をどうしても格好がつかないだろう、と思われました。他の趣味だと、知識の鍔迫り合いみたいなマウンティング合戦があるものが多いんですよ。そういうのに嫌気がさしていました。

私がこの世で一番尊いと思うレビュー分野はAVです。あるいは純粋に抜きに特化したエロゲーなんかもいいでしょう。あと大人の小道具とかね。あれはもう、本当に正直な身体性があります。私はそこに飾り立てない人間の魂を感じます。まぁ良いレビュー・感想はそんなに多くないのですが、少なくとも正直である、というのは何者にも変え難い。

とはいえ、関心と知識があるのは別であるため、そういった分野はサイトを作ろうとはちょっと思えませんでした。それで、虚飾に意味がないので正直になるしかなく、また無意味で役に立たず、自分ができそうなものとして、ラブコメ漫画に白羽の矢が立ったものと記憶しています。

私もオタクでしたし、かけるかな?と思ったくらいなので、知らないわけではなかったですが、別に詳しいわけではありませんでした。奇妙な話ですが、もし私がそこに詳しいという自信があったら、テーマに選ばなかったと思います。それではいけない。そんな自信があってはいけない。何か書けるだろうと思いつつ、別に自負があるわけでもないという、非常に微妙なバランスが必要でした。

実際、ラブコメ漫画を選んで読むようになったのはサイトを開設したからで、それまでは別にラブコメにこだわって読む、みたいなことはなかったんですよね。というか、今となってはサイトを継続するために読んでいる、まであります

そんな感じなので、私は今でも別にラブコメ漫画に詳しいとは全然思っていなかったりします。実際、別に体系を作ろうともしていないし、最新作を熱心に追い続ける、みたいなこともしていません。これからもしないでしょう。

とはいえ10年も続けているので、何も知らないと言うことはさすがにないだろう、とは思う一方で、だからなんだ?という気持ちが先に立ちます。もっといえば、どうでもいいんです。自分が詳しいかそうでないのかなんて、本当にどうでもいい。他人が詳しいのかどうかもどうでもいい。

最初に選んだテーマとサイトの指針が、それなりに功を奏したのだと思います。だから10年続けられた

35歳サブカル定年説

気がつくとアラフォーということで、世間でたまに出てくる35歳サブカル定年説みたいなのはとうに越えた感じになります。35歳サブカル定年説は今適当に言いましたが、Xとかでたまに流れてくる、35になると突然虚しくなって今まで自分がかけていた時間やコストに苛まれるという恐怖の予言のことです。

35を通り過ぎたものとして、その気持ちはよくわかります。私も人並みに35だったので、ラブコメ漫画なんか読んでも「だからなんだ?」と思うようなことは多くありました。実際、ブログをやっていなかったら、多分もうラブコメどころか漫画読んでなかったかも。

しかし現実には、私は一応ブログを続けていて、もはやそのために(?)漫画も読み続けている、というような格好です。私の場合はブログでしたが、長年漫画を読み続けている方は多くいます。私の姉は当然私より年上ですが、相変わらずオタクで、大陸のBLを頑張って翻訳して読んでいたり同人誌で一山当てたりなどもしているようです。また、当サイトも40代、50代の方のアクセスは少なからずあります。最近は詳細な解析を見ていませんが、まぁそんなに傾向は変わらないでしょう。

思うに、文化との距離感が大事なのだと思います。距離感を間違えたまま歳をとってしまうと、どこかで突然醒めてしまうのかもしれません。少なくとも、熱烈ファン、のような超インファイトの距離感を保ち続けるのは、ほぼ不可能ではないでしょうか。どこかで距離を取って、俯瞰的な態度が求められます。

特に音楽分野なんかでは、異様に詳しいおっさんがたらたらと語る雑誌が多いのですが、あれは歳をとっても音楽を好きでいられる距離感を見出したのだと、今となっては思いますね。まぁ、それは若き日の私を辟易とさせた態度でもあるので、今自分が似たようなことをしているのかも、と思うと、少し皮肉でもあります。それ自体が嫌だったわけではないのですが、巷の議論とかで積み重なるとしんどくなっていたかな。

一応、私としては、なるべく直裁的なスタンスを続けているつもりですが、どうしてもメタ的な語りは増えてしまいます。長くやっていると、だんだんそういう楽しみ方になるんですね。一つだけ補足するならば、それはあくまでも楽しみのためであって、マウンティングのためではない、ということです。純粋な楽しみ方とは少し離れますが。それでも時々、感性そのものが揺さぶられるようなことは稀にあって、その時のために、メタ的な楽しみで普段は繋いでいる、のかもしれません。

10年続いたもの

そういうわけなので、どれくらいの密度でやれるかはわかりませんが、サイト自体は続けていくものと思います。人生論めいてしまいますが、振り返ってみて、結局自分にとって確かなものは、ただ続いたものだけです。そこには有用も無用もありません。そんなことはどうでもよいことです。ただ続いたかどうか、それだけなんです。

歳をとるほどに、10年続けることは恐ろしく難しくなります。一方、人間関係も含めて、10年続けられたものは幾許もありません。このサイトはその一つとなりました。そうすると、今続いてきたものを大事にしようと、そういう気持ちになります。恐らくは、長くサイトを続けている人は、だいたい似たような心境なのではないでしょうか。続けてきたものは呪縛ではなく、ただその人の軌跡です。

できるならば、今来ていただいてる方には、いつきても「お、やってる」と思ってもらえるように、続けていきたいと思っています。

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