このサイトでは珍しく早い感想。
表紙のヒロインからバツが取れたのとは裏腹に、何かが崩壊しそうな雰囲気が漂ってきた。というか、実はもう既に崩壊していたのかもしれない、と後で思わせさせられるような感じ。
さてさて、紗月派だったけれど、正直こうなってくると「うーん」。なんかもう、めっちゃ強いけど常にデバフがかかる呪いの装備みたいだねこの幼馴染。しかも最終的にデバフだけ残して解呪拒否。
ラブコメにおける幼馴染は、変わろうとする主人公が乗り越える過去の象徴みたいになりやすいせいか、いっときは幼馴染というだけで負け属性などと言われたものだが、そういう負の側面を一身に引き受けてなお、消えない痣として直人の中に居残ろうとする執念みたいなものには感服する。従来型幼馴染キャラに足りなかったのは、傷つけてでも、傷としてでも残ってやるからなという覚悟なのかもしれない。この恐ろしい女が、直人のみならず作中の人物を片っ端から籠絡している。
そして一番可哀想なのは、二人の人生劇場にジャイアントスイングされている石原さんなのはまぁそうだろう。以下11巻感想。
選ばないとかいう大罪
最初読み始めて、直人が「二人とも選ばない」とか言い出した時
「(#^ω^) あ?」
とか思ってしまったのはきっと俺だけではない。ハーレム系ラブコメ主人公が偶に出す最悪の選択肢で、これやられると「今までこの漫画読むのに使った時間と金を返せ」みたいな気分になるし、最悪「もう二度とこの作者のラブコメは読まねー」くらいまでいく大罪である。
やっぱり物語ってのは、決められないなにかを決めるところに醍醐味の一つがあると思うんだよね。だから、特にラブコメの場合、恋愛関係にはきちんと向き合ってもらわないと。ハーレム系の場合は延長戦エンドという奥の手もあるが、本作はどちらかというと三角関係・修羅場漫画なのだから、直人にはどっちか選んでもらわないといけない。
紗月は全部わかっている
ということでだいぶ萎えていたんだが、本巻の後半にいくにしたがって、直人の本当の気持ちが出てくる。突然現れた第4か第5くらいの大人のおねーさん的なヒロインが颯爽と登場して指摘するには
「直人は今 選んだほうの子を とっても大切に想ってる
でもそれ以上に
選ばなかったほうの子にどっぷり依存してる」
あー……なるほど……「依存」ときたか……なるほど……。
なるほど……。
……。
え、なにそれ怖い。え、こわ。怖すぎるでしょ。
いや、だってこれ、恐らく、いや間違いなく、紗月は全部わかっているよ、直人以上に直人の気持ち。
この文化祭で俺を最高に苛つかせた直人の告白シーンだが、この時、俺と違って確かに紗月はわかっていた。直人自身にさえもわかっていなかった真意をわかっていた。目は死んでいるがわかっていた。
直人の本心は「紗月よりも石原さん」なんだが、それによって紗月だけを傷つけてしまうことに耐えられない……というよりは、石原さんを選ぶことによって、紗月との関係が決定的になってしまうことに耐えられない。かといって、紗月を選ぶこともできない。自分の本心は、あくまで石原さんだからだ。
もし直人が紗月のことを石原さんより好きだったら、恐らく紗月を選べたんじゃないだろうか。直人は石原さんには特に"依存"してないからな。そこは決断できるだろう。直人に石原さんという決断をさせなかったのは、紗月への"依存心"であり、そしてその依存心を植え付けたのは、他ならぬ紗月自身である。
「私に甘えなよ」
9巻最後、蠱惑的な表情であからさまに直人を落としにきた紗月は、確かに本気だったし、うまくいけばそのまま直人が自分のもとに戻ってくる可能性も考えていただろう。たとえ、その本心が石原にあったとしても、関係ない。それでもなお直人は自分から離れられないという、それだけで十分なわけだ。
現状は紗月にとって悪くない
で、直人は紗月こそ選ばなかったものの、石原を選ぶこともできなかった。紗月への気持ちを断ち切れないまま石原と付き合うことは、直人にはできなかったわけだ。直人の中で、紗月は相当大きな存在になっている。
これは紗月にとって、最良の結果ではないが、悪くもない結果である。「思い出」だけあればいい紗月にとって、直人にフラれることは最悪ではない。もし紗月にとって最悪があるとすれば、直人に忘れられることじゃないだろうか。たとえば直人が自分のことをすっかり忘れて他の女とよろしくやったら、けっこう耐え難いだろう。その時はまた、直人の前に現れるんじゃないかという気がする。こわ。
紗月は直人の気持ちを理解しているので、選ばれこそしなかったものの、直人の中で自分の存在が非常に大きくなっていることには、それなりに満足しているんじゃなかろうか。
ということで、ここからの紗月の仕事は、「直人に踏ん切りをつけさせないこと」になる。もし直人が積極的に自分と関わろうとするとすれば、直人は自分の気持ちを整理しようとしていると、そこまでわかっているんだろう。
直人が自分を選ぶことはない。であれば、今の状態を維持することが、紗月にとっての最適解、ということになるわけだ。「もう二度と直くんには会いたくない」会ってスッキリなどさせてなるものかと、こんな幼馴染いる?これまでの敗北系幼馴染に足りなかったのは、この死なば諸共みたいな執念だったのではなかろうかと思うほどだ。
紗月は悪いヒロインじゃないよ
……と、ここまで書くと紗月がなんかもう悪女にしか見えないわけだが、まぁそうかもしれないんだが、直人が直人のことをわかっていないように、紗月もまた紗月自身のことをわかっていないところもあるのだろう、と思う。
というのは、直人が何もかもふっきれて、新しい恋をよろしくやるのは確かに嬉しくはないだろうが、一方で、好きな人の幸福を願う気持ちもまたもっているのだろう、と。だからこその
「どうせ離れるなら 嫌いになってよ」
なんじゃないか。そうすれば諦めもつくし、なによりそれで直人が再び前を向いて歩けるなら、それはそれでいいと、そういう気持ちもあるんじゃないかね。
だから、もし直人が石原を選んでいたら、紗月はちょっと嬉しかったんじゃないだろうか。その場合、直人は自分のことを忘れたりもしないだろうし。そうして、自分は思い出だけを胸に、直人のもとから去っていったことだろう。
……ということが、恐らく直人には直感的にわかっていた。石原を選ぶことで、紗月が去っていくだろうということがわかっていた。だからこそ、石原を選べなかった。それは直人の「依存」だったかもしれない。直人の弱さだったのかもしれない。でもそれだけではなくて、紗月に直人の幸福を願う気持ちがあるように、直人にもまた、紗月の幸福を願う気持ちがあるのだろう、とも思う。
で、石原とよろしくやっていく自分を見届けて去っていき、思い出だけを胸に生きる紗月っていうのは、直人にとってあってはならないことなんじゃないかね。直人が紗月のことを吹っ切れるように、紗月にもまた、直人のことを吹っ切れてほしいんじゃないだろうか。なんかよくわからんまま徳井とか他の男と付き合うのは嫌だろうけれど、お互い過去と現在についてわかりあったうえでなら、普通に祝福するだろうと思われる。
もっとも、それは紗月にとってはごめんだろうが。つまり、前を向こうとしている直人と、あくまで過去にこだわる紗月の、思想がぶつりかりあっている状態だね。今のところは紗月が優勢で、このままいくと二人は永遠に過去に捕われ続けることになるだろう。紗月はそれを望んでいる。
望んでいるが、それだけじゃない。紗月にも、今や未来を望む気持ちがないわけじゃない。だからこそ直人を落としにかかったのだし、「会いたくない」のも、会えば、また「揺らぐ」ことがわかっているから、という面もあるだろう。
直人に呪いは解けるのか!?
こういうアンビバレントな紗月という女に、直人のみならず、石原や徳井も魅力を感じているのだろう。紗月が長野に帰った時、石原はそのことを直人に教えずにはいられず、その後直人にフラれた時も、「フラれた」ことより今なお直人が「紗月が好き」なことのほうがショックだったというくらい、石原にとって紗月の存在は大きく、徳井もまた、傍観者に徹すると言っていたが、ついに「館花の味方につく」とまで言うほどになってしまった。
すべてを籠絡していく、館花紗月、やはり魔性の女か。果たしてよわよわ直人は、この強烈な幼馴染の呪いを解呪できるのか!?少なくとも、一人じゃ多分無理やぞ。しかも徳井は紗月についた。鈴もなんか達観してるし。
なので、誰かが支援に入る必要があると思うが、その役割を石原さんが担うのかどうかが、今後の分かれ目だろうか。正直、ここまできたら石原さんにもうひと頑張りしてほしい気はする。そうなると石原さんルートだけど。まぁでもそれでみんながハッピーになるなら……なんだかんだいってね、俺は物語に、いつだって希望を求めてしまうのだよ。
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