『世界か彼女か選べない』8巻感想:世界か彼女か選ぶ時

内山敦司, 世界か彼女か選べない 8, 2020

Amazonで最終章とかあったからてっきり最終巻かと焦ったが、最終巻ではなかった。でも次で最終巻。

今回ついに世界か彼女か選ばれる。ただまぁそれは予定調和ではあったかもしれない。だってラブコメやぞ。

ラブコメなので世界と彼女が天秤にかけられているが、世界と身近な大切な人のどちらが大事?という究極のテーマが本質にある。それがうまいことラブコメに落とし込まれている。

以下8巻感想。サービスシーン一切ないけど読ませる。物語してやがる……。

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彼女に勝てる世界なし

はいな、ついに選ばれましたわ。世界と彼女なら、やはり彼女が選ばれました。まぁでもそれはそうだよね。ラブコメで彼女より世界が選ばれるなんてことはあってはならない。だからこれは予定調和といえばそう。ってことで歩美ルートに入りました。神堂さん劇的に可愛くなってただけにちょっと残念。

おっぱいさんこと神堂ルートがあったとすれば、それは世界と彼女が入れ替わることだった。実際、その傾向はないでもなかったんだが……。

まぁでも、光輝はずっと歩美を選び続けていたからなぁ。座席の位置みたいなちょっとしたことから、演劇編のように実質的な告白くらいを意味するような大きなことまで、選択を迫られた時、光輝は常に彼女こと歩美を選んできた。その選択を勘違いされることはあってもね。

そんな光輝が初めて選べなかったのが、歩美が天使ちゃんに殺されるシーンである。そして光輝は、選べなかった自分に絶望し、抜け殻のようになってしまう。

なぜ、光輝はここ一番で選択できなかったのか。

それは、歩美の本当の気持ちと初めて向き合ったからだろう。歩美の非常に強い想いと葛藤を知った。歩美をずっと見てきたつもりでいたのに、光輝はその本当のところを何も知らなかったのだ。

光輝は戸惑う。動けない。そうして戸惑っている間に、タイムリミット。選択できず、歩美は死ぬ。

しかし、それは必要な過程だったと思う。少なくとも一度、光輝は歩美を選ばない(選べない)という選択をしなくてはいけなかったんだろう。歩美の複雑な気持ちを解きほぐすには、選び続けるだけではいけなかった。実際、演劇編で選ばれなかったと思い込んだ時に、歩美は少しだけ己の本心を明かしたわけだ。

そうして、歩美の罪の意識も何もかもすべてを受け止めたうえで、改めて光輝は選ぶ必要があったのだ。めんどくせぇ!

究極のテーマ

ただ、光輝のたった一度の戸惑いによって、歩美は死んでしまう。まぁ最悪のタイミングで、もっとも難しい選択を、時間制限付きで突きつけられたので、それ自体は仕方ないというかなんというか。光輝は歩美を見殺しにしてしまったと絶望に伏すが、そんな光輝の説得役は、驚くべきことに(?)ロミオであった。いや、正直それは世界こと神堂さんの役目だと思っていた。違うのか。神堂さんにとって二人とは…?

で、ロミオの説得シーンは、ロミオの過去と想いがわかるものの、ちょっと微妙ではある。それというのも、光輝とロミオの間に言うほどの友情がないからだろう 笑。いやー、こればっかりは、この漫画のお色気先行が裏目に出たね。ロミオと光輝の関係を描きづらかったんだろうなーと。

ロミオの「敵の言葉と仲間の言葉… 君はどっちを信じる?友達だろ… 僕らは…」という言葉に重みをもたせるためにも、二人の間に友情があればなーとかちょっと思ってしまったよ。

なので若干上滑りしていた感ないでもないが、それでもけっこう面白く読めたのは、「世界と大切な人」のどちらかを選ばなければならない時、どちらを選ぶか、という俺ら人間にとっての普遍的で究極のテーマを扱っているからだろう。

ロミオの場合は、「世界と天秤にかけられるほど大切な人」なんてそもそもいるのか?という疑問に答えるものだ。人を信じられなくなっていたロミオは、光輝と歩美の二人の間に希望を見たわけだ。

その前提のうえで、光輝たちは「友達だった」と語る歩美の友人たちと対峙する。彼女たちは、"世界"を選んだ人間だ。そんな彼女たちに向かって、光輝は身勝手な啖呵を切る。

内山敦司, 世界か彼女か選べない 8, 2020

光輝「歩美の笑顔がない世界なんて 滅べばいい!!」

内山敦司, 世界か彼女か選べない 8, 2020

うむ。滅べばいい、この言葉をいかにして言わせるか、重みをもたせるかが、この漫画の至上命題であったことだろう

光輝の言葉に、かつての友人は「…勝手にしろ!私達はもう決めたんだ!私は世界のために戦う!」と言う。

で、これ、普通の反応だと思います。多分俺も、そうすると思う。というか、ほとんどの人はそうするんじゃないかな。

なんだかんだいってるけれど、光輝の気持ちは身勝手だからね。それは歩美のためですらない。でも、そこに何か美しさを感じるのはなぜだろう。

果たして俺ら人間は、世界より優先できるほど、誰かのことを大切に想えるのだろうか

誰かが誰かを想うために世界が滅ぶなら、いや、いっそそんなバカたちのために死にたいとすら願う気持ちも、心のどこかにあるような気がする。この物語では、そうした浪漫が綺麗にラブコメに落とし込まれ描かれている。

選ばれなかった世界に救いを…!

さて、そうして光輝は歩美を助けるべくラスボスじーさんとその傀儡になってしまった天使ちゃんの元にたどり着く。そこには別に来ていた僕らのおっぱいさんこと神堂さんもいる。光輝が歩美を連れてきた、ということをもって、神堂さんはすべて察する。自分は選ばれなかったのだ、と。

そのうえで最後の協力プレイかな、ラスボスじーさんをやっつけて、神堂さんは最後の告白を済ませて案の定振られ、後は歩美を生き返らせてハッピーエンドだ!!……というところで、まさかの光輝死亡。

ここで海辺の再来、神堂さんは光輝と歩美のどちらかを選ばなくてはいけないという選択肢を迫られる。

……これ、どうすんだろね。正直、光輝・歩美・神堂の三角関係については、面白くはあったものの目新しさはなかった。まぁこの手のボーイ・ミーツ・ガールはだいたい世界=彼女なので彼女を選べば自動的に世界もついてくることが多いが、本質は彼女というか。何を犠牲にしても彼女を選ぶ、というのはよくある浪漫といえばそう。

が、選ばれなかった世界が最後何を選ぶのか、というのは、これはなんだろう、なんの話になるんだろう。ここまで、神堂目線の過去もいくらか語られた。神堂のテーマはロミオの「人の関係なるもの」のテーマに近いように思え、そうすると、光輝を選ぶのも、歩美を選ぶのも、どちらも救いにはならない。

……自己犠牲という言葉が脳裏をよぎる。エネルギー、2つあるもんね……。この物語において神堂さんは世界という扱いなのだが、まさに世界をもって彼と彼女が救われる、という筋書きが見えるが……いや、ここはもう一捻りしてほしい。実際、神堂さんの想い次第でこの物語を深みを増すわけで、単なる世界の自己犠牲にはしないでほしいというか、いやね、もうね、とにかくあれだ、おっぱいさんに救いを……。

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