『真の仲間じゃないと勇者のパーティーを追い出されたので、辺境でスローライフすることにしました(漫画)』4-5巻感想:才能の可視化された世界

原作 ざっぽん

面白いです、この漫画。原作読んでいないけれど、原作もきっと面白いのだろうね。原作面白いのにコミカライズでうんこになった作品は山とあるけれど、その逆はまず見たことがないし。うん、タイトルがクソ長いこと以外は文句がない。

アレだね、やっぱこの世界、才能が可視化された世界だと考えると、色々しっくりくるね。表紙はまぁ可愛い担当のヒロイン・リットが目立つんだけれど、話としては徹頭徹尾、主人公・レッド(ギデオン)の話です。スローライフって感じでもないです。

アニメ化だそうで、おめでとうございます。以下漫画版4-5巻感想。

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才能なるもの

才能あります?って言われても、まぁ答えに窮する人のほうが多いと思うんだけれど、みんなだいたい何かしら自分の得意不得意、向き不向きってのはあるんだよね。たとえば俺がこんな場末のサイトを数年にわたって続けて、ラブコメ漫画の感想記事なんておおよそ意味のないものを1000記事以上も書いている、なんていのも、まぁいっちゃえば一種の才なわけ。別にほしい才ではなかったが。

教育が熱心に叫ばれ、人は努力すれば報われると信じる、あるいは信じさせようとする昨今だけれど、ぶっちゃけ努力できるということ自体が才能の賜物であったりする。

実際、人の能力における遺伝の影響はめちゃくちゃ大きいとされていて、これは現代的な価値観からは「不都合な真実」とされる。まぁ才能だけではなく環境の要因もあるが、これとて自分で選べるものではない。そうすると、今の自分があるのはほとんど運命によるとしか言いようがないように思える。まぁ、実際そうなんだろう。

だからこそ、作中では「力あるものはその力を使う義務がある」なんてセリフもあるが、これは現実世界においてもさして珍しい考え方ではない。才とは自分ひとりのものではないのだ。

とはいえ、才に振り回されるのもまた、悲劇である。

目に見えづらい力もある

本作の世界観では、才能は「加護」と呼ばれ可視化されている。すると何が起きたかというと、「強さ」「賢さ」などのわかりやすい能力が尊ばれ、人と人との橋渡しをしたり、サポートしたり、時には進むべき道を決める、つまりサポーターやムードメーカー、リーダーのような、目に見えない力を持った人たちが評価されづらい世界になっていた。

主人公・ギデオンことレッドはそのような人種の最たるものであり、広い視野と優しさ、強い意志を持ち、広範囲に渡る見識をもって、スペシャリストたちの橋渡しとなっていたのだが、その能力は中々評価されづらかったようだ。主には一人の歪んだ自意識のためにだが、結果としてパーティーを追い出されて、失意のうちに辺境の村にくだる。

しかしまぁ、そこで満足な生活をして、かつていい感じになった女子まで訪ねてきて同棲生活が始まり幸せいっぱいなのだから、人生何がどうなるかわからないものである。

一方で、ギデオンという鎹を失った勇者パーティーは惨憺たる状況になっていた。絶大な力を持った勇者・ルーティを中心としたパーティーではあるものの、実質的にリーダーはギデオンだったのだろうと思われる。ギデオンがいなくなったことでパーティーを脱退したメンバーもいるくらいに、求心力もあった。

ルーティは勇者としての意志こそあるものの、それは加護によるものであって、自分としての意思は別のところにある。実際、彼女が唯一加護と自分の一致するものは「戦い」としている。つまり、彼女自身が本当に求めているものは別にあるわけだ。だが、周囲はそれを認めないし、彼女自身、加護の欲するところに逆らえないのだろう。これは悲劇だ。

勇者パーティーは瓦解するのも時間の問題と思われるが、そんな中でギデオンを探しに出た者にも見つかり、レッドももはやスローライフなどと落ち着ける状態ではなくなるらしい。……まぁ、そんなにスローライフしているようにも見えなかったが。

そんなわけで、現実世界とのアナロジーもあって、俺はこの作品を面白く読んでいたのだが、しかし、これだけ人間関係の機微に敏感な兄が、なぜあのブラコン・ルーティの気持ちにまったく鈍感なのか、漫画版を読む限りは納得いかないところではある。原作読んだらわかるのだろうか。ちょっと気になるので原作にも手を出すかどうか……いや、まず虚構推理の原作を読み切るのが先だな……全然違う作品だけど。。。

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