『生徒会役員共』19巻感想:エッシャーの騙し絵スタイルで永久に続いてほしい日常系ラブコメ

氏家ト全, 生徒会役員共 19, 2020

この漫画が終わる日が来たら、喪失感すごいだろうなと思う。永久に続いてほしい漫画代表格。

そういうタイプの漫画ということもあって、話自体は何も進展がないし、そもそも進展が望まれてもいないのかもしれない。ってか進展あったら「え?もしかして終わるの?」って思ってしまいそう。

変わらない日常の中で、毎日少しずつ異なる日々を描く、真の日常系とはそういうものなのだろうが、ラブコメにおいては恋愛関係の進展がまったくないとつまらない問題があるために、ラブコメと日常系は相性が良さそうに見えて難しいジャンルだと思う。

この漫画も変わっているような変わっていないような、進んでいるようで実はループの中にいるような、以下そんな19巻感想。

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いつもどおり

今回もいつもどおりでした。まる。

で感想が終わるし、それ以上のことは特にない。強いて言うならば、会長選挙が一つの大きなイベントだろうか。そしてこの時にはこんなからかいが。

氏家ト全, 生徒会役員共 19, 2020

作中でもシノと津田くんの仲を応援したい人でいっぱいらしい。学校公認ですね?

個人的にはスズ派だけどね!アニメで津田とスズがハモってツッコミいれるたびにニヤニヤしてる。はい。

シノが卒業するまでに津田と付き合わなかったら、いけると思っている。

もっとも、そんな日はこないであろう。というかその日=最終話なのでマジでこないでほしい。永遠に続けてほしい。お願いします。

日常系ラブコメのアンビバレントな理想

漫画にもいろいろなジャンルがあるけれど、日常系に求められる一つの理想は「終わらない日常」なんだと思う。永遠の8月31日。十代という世間の荒波に揉まれる前のウブだった頃、たとえ自身が灰色の青春であったとしても、いやそうであればこそ、物語の中に描かれる、なんてことのない、しかし素晴らしい日々に、思いを巡らせるのかもしれない。

しかしながら、この漫画は日常系だが同時にラブコメでもある。ラブコメの楽しみといえば関係性の変化だ。少しずつ距離を縮めていく様がなにより楽しい。そして、距離はいつかゼロになり、これ以上近づくことが物理的に不可能になる。

そうすると、その物語は選択を迫られる。物語を終えるか、それとも続けるか。続けた場合、それは今までのほんわかウブウブラブコメではいられず、ゲームチェンジを迫られる。次のステージに行くのだ。つまりいずれにせよ、一つの物語はそこで終わる。

したがって、ラブコメというジャンルは本質的に「終わりに向かう」性質があり、それは日常系の「終わらない」性質と真っ向から反対するわけだ。ラブコメと日常系、非常に相性が良さそうでありながら、根本的には真逆の理想を掲げているのだと思う。

終わりなきラブコメを求めて…

そんなアンビバレントな日常系とラブコメを統合する一つの解法は、エッシャーの騙し絵スタイルではなかろうか。なにかといえば、「エッシャー、だまし絵 | まんだらの心で在ること♡キッカケと癒しの点描画・曼荼羅アート♡ヒーリングartスペースstudio@.☆水順」の記事で3つ目に紹介されている無限階段。ずーっと降りているようで実は降りていない。

つまり、一つ一つのイベントを取ってみると着実に仲が進展しているように見えるのだが、気がつくと元の位置にいる。実は全然進んでいない。そういう騙し絵みたいな手法によって、適度な刺激を与えながらも、一定以上先には進ませないわけだ。

で、この漫画はまさにそんな感じだなぁと思うのは、毎回何かしらのイベントが起きて、そのたびに彼ら彼女らの仲の進展をなんとなく匂わせながら、しかし考えてみると変わってねぇなぁというか、これ巻入れ替えても気づかねーぞ多分、みたいな気がするからである。特に巻入れ替えても気づかないんじゃないか疑惑は、まさにループの名にふさわしい。

いやまぁウオミー登場など、節目はあるんだけどさ。ウオミーは津田が誰とくっついても津田家にいそうなのがすごいよね。特に相手がシノの場合は割と遠慮なく津田家に入り浸りそう。入り浸ってほしい。永遠に。

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