『プラナス・ガール』1-2巻感想:曖昧でふわふわした自己が眩しい男の娘な思春期漫画

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作・松本トモキ。2009年1巻、2010年2巻。

久々に男の娘漫画。美少女少年とかいう謎の魅力にやられて爽やかイケメン好青年が道を踏み外していく。

ヒロインの男の娘・絆が魅力的なのはもちろんだが、そんな絆に惹かれつつも、それを認めることができない主人公・槙の葛藤が面白い。ジャンルはやっぱり男の娘だと思うが、直接的なサービスシーン等はあまりなく、どちらかと言うと(男の娘ではない)主人公の心情風景に重きが置かれており、腐海を泳ぐ淑女の方々にも受けそうな気がした。

男の娘漫画と言ったそばからアレだけれど、男の娘漫画の一言で済ませるのはちょっと違うかなとも思っている。以下1,2巻感想。

目次

男の娘な思春期

もう8年も前の漫画なのか。線の細さといいノリといいなんだか90年代ガンガンチック(今にして思うと自分の漫画的ルーツはそのへんなんだろーなーと思う)。あの年代のガンガンって漫画の傾向が割とユニセックスだった気がする。今もかな。ガンガン系列ってあまり性別でターゲットを絞らない印象がある。この漫画もそんな感じ。男女両方が楽しめる系じゃなかろうか。

ジャンルとしては男の娘…だけれど、あまりそういう括りで考えないほうがいいような気もする。とはいうものの、ヒロインの類型はやはり男の娘としか言いようがない。性格がかなり女性寄りなので、女装男子という感じではない。

男の娘独特の魅力の一つに、男女ならものすごくあざといことでも、男の娘ならば一応同性同士なので、そこまでいやらしくなりすぎないところがあるのかなと思う。たとえば↓のシーンとか。

松本トモキ, プラナス・ガール, 第1巻

スカートの中でおはよう。これは男女では絶対にできない、やってしまうとソフトエロに踏み込んでしまう領域。単純にサービスシーン。けれども男の娘ならば、それは男同士の戯れに過ぎない。ここに性的な要素が一切ないのかといえば、もちろんそんなことはないのだが、じゃ、性的なシーンなのというと、そうとも言い切れないこの曖昧とした感じ。強いて言うなら思春期的である。自己が確立されてないからこそ許される、境界線上のコミュニケーション

この挑発的なヒロイン・藍川絆は、自分の魅力を理解している。男でありがなら、女の魅力を兼ね備えて、そして周囲もそれにときめいていることを知っている。だけれども、自分が何者なのか、それだけがわからない。

そんな藍川の、己の発露を求めるがごとく大胆な言動に、主人公・槙は翻弄されっぱなしだ。藍川はそれが面白くて楽しくて仕方ないし、口では藍川にからかわれるのが困ると嘯く槙も、なんだかんだと言いながら藍川とつるむのをやめないのだから、その実満更でもない。時折、藍川が女だったらいいのにと思いを馳せる。時には、藍川を男だと思いながら、それでもなお心ときめく自分を偽れない。自己が確立されておらず、曖昧な境界線を行ったり来たりしているのは藍川だけではなくて、槙もまたそうなんだ。

つまり、思春期劇場だ。あまり男の娘漫画の一言で括りたくないな、と思ったのはそういうところだったりする。2巻になると、いかにもワケありな過去を持っていそうなレズビアンの女子も登場して、性の倒錯はますます錯綜する。

この後どうなるかなー

まぁ舞台設定だけ取り上げるともはやギャグ漫画の領域なんだけれど、基本的にコメディカルな筆致なので今のところいいかな、という感じ。ってかどうしてもこのテーマのものは、設定に無理がでてくるから、シリアスにしづらいよねぇ。全6巻ということで、スッキリ終わっていることを期待しているけれど、どうなるかなぁ。今のところはとても面白くて、いつ続きを読もうかな、って感じである。全巻揃えたから、時間さえあればいつでもいけるぜ。

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