作・あどべんちゃら。2017年全5巻。
やっちまったな!ギャグ、コメディからのシリアス展開。しかもこの世界観でシリアスはなかなか茨の道である。
やっぱねー、シリアスに描かれると、シリアスに気になっちゃうんだよなー。しかもテーマが倫理的に重い。コメディならともかく、シリアスで生半可に触れると火傷しかしないヤツ。
ハーレムラブコメするのに都合の良い世界観を用意したのに、それを反故にしようとしたものだから、しっぺ返しをくらった感じ。結果、多分誰も望んでいなかったエンド。以下、全5巻感想。
正解のない大問題に触れてしまいましたね……
4巻の時にはちょっと風向きが「ん?」という感じだったのだが、最終巻で顕著になる。まさかのシリアス展開。なんでやねん。テーマ的にも自由恋愛と家、一夫多妻の是非、人と妖怪の共存、種の保存といった、正解のない大問題が複数絡んでいて、作者さん自身悩みまくった末、考えがまとまらなかったのではないかという風に見える。
初めから組んでいたプロットというわけでもなく、考えている間にこうなってしまったらしいのだが、まぁそうだよなぁと思ってしまう程度には、申し訳ないのだけれど、迷走しちゃった感じがね。しました。正直な感想ですはい。
この漫画、けっこうエクストリームな設定なんだよね。妖怪の集落がある、人知れず繁殖をしている、男が一人もいないので種の存続の危機、危機を救えるのは半妖である主人公だけだ!……ハーレム系ラブコメというジャンル自体頭の悪い(褒め言葉)界隈だからこそ許される世界観でございます。ハーレムラブコメなら、ラブコメするための舞台装置ってことになるからね。ラブコメするためならどんな設定もまかりとおるのだ。それを捨てて真面目に描こうとすると……そりゃもう、たいへんな話でございますよ。ラブコメの御利益を捨てるってんですから。ちなみにその荒業を毎回のようにやってのけるお人が、久米田康治という人です。稀有な人です。
たいへんなことでございますよ
まぁむちゃくちゃな世界観なのに、最後にシリアス展開始めてよせばいいのに大問題に突っこんでいくラブコメ自体はけっこうあるし、その中でうまいこと締めた作品ももちろんある。先にあげた久米田康治作品なんてだいたいそんな感じだし、ここ数年だとボクガールが印象深かった(『ボクガール』11巻(最終巻)感想:身体の性と心の性というデリケートな話を漫画らしくまとめあげた幼馴染もの)。
でも多分、うまくやれなかった作品のほうが多いと思われ(無駄に実名あげるのは憚られるのであげないがアレとかソレとか、多分これ読んでいる人もいくつか頭に思い浮かべているであろう)、そしてこの作品も……まぁ、正直、うーん、うーん、といったところ。
伝える想いはあったのか
想いがなー……伝わらなかった。。。というか、伝えるほどの想いがなかったように見える。これは持論だけれど、正解のない大問題を描く時は、切実な想いを伝えてほしいな、って。だって、正解ないんだよ。ってことは、どんな結論に至っても、それは正解じゃないんだよ。でも、正解とか不正解とか、理屈を超えたところにあるのが感情。感情を突き動かしてくれる想いを見られた時、俺はこの話を読んで良かったなぁって、そう思える。そしてその想いが、残念だけれどなかったなーって。いやむしろ、お婆たちのほうが切実だったとさえ思う。
優くんよりお婆のが切実
この作品が触れてしまった大問題の一つは、男性が一人しかいない環境での結婚観で、こういう状況では当然一夫多妻が正義となる。これは現代日本の倫理観からは大きく外れるわけだが、状況が状況なのでそういうことになる。
こんな設定が許されるのはハーレムラブコメだからで、シリアスに描かれるとおいおいとなってしまうのだが、それについては「妖怪だしそういうこともあるよね」という風に説明される。
が、これによって人間と妖怪の共存や種の保存といった、これまた一大テーマが密接に関わることに。読んでいて気になったのは、この点について優くんはほとんどちゃんと考えを巡らせられなかったところで、それは尺の問題もあったかもしれないけれど、多分真面目に描けば描くほど、優くんの気持ちを否定するような結論になってしまうからじゃないかと思う。
実際、半妖である優くんもまた、その体質のためにつらい思いをしてきたわけだけれど、これ、解決してないっていうね。優くんは結局、自分の体質を受け入れられる妖怪の鈴と一緒になったわけだし。優くんが体質を乗り越えて人間の女の子と一緒になった、ならともかく、これじゃ他の妖怪たちはつらいよねぇ。
また、種の保存をなにより優先して考えるのは、特に妖怪として生きてきたお婆たちにとっては当然のこと。それより個人の気持ちが大事っていうのは半妖でかつ人間世界で暮らしてきた(ついでに初の自由恋愛に浮かれている)優くんだから思うことで、ずっと妖怪として生き、そうあることに誇りを持ち、さらに人の変わりゆく姿を目の当たりにしてきた者からみれば、いっときの個人の気持ちを優先なんてとんでもない話である。
ま、そうはいってもやっぱり個人の意思を蔑ろにしていいのか、という問題は倫理的に当然ある。個より全体を優先することも、個としての自由を全うするのも、どちらも間違いとは言い切れない。どちらにも言い分はある。言い分があるだけに、理屈では決せられない。
だからこそ、切実なる想いがあってほしいのだが、正直若い優くんの初恋物語よりも、種を存続させたいお婆の気持ちのほうが、よほど切実であったなぁと思うのである。
元がハーレムな世界観だったからなぁ
まぁそれはある意味では仕方のない話。なにしろ元々の世界観がハーレムラブコメである。しかも、いい感じに描かれていた。それだけに、単体のヒロインとの関係だけを取り上げると、悲しいほどカップリング映えしない。ハーレムものならそれでもよいのだが、むしろそのほうがハーレム系としては安心できるくらいなのだが、カップリングものとしてそれはつらすぎる。安心のハーレムラブコメとして優秀だったことが、シリアス展開になって災いした。
だいたい、お婆だって本当なら自由恋愛で皆楽しくわいわいやりたいに決まっているし、子どもたちの好きにさせてやりたいだろう。それをしないのは、それだけの気持ちがあるからだし、そうすることが「全体の」利益になると信じているからだ。
「全体」を考えるお婆に対する、優くんの唯一といっていい説得材料は、「自分が死んだらどうする」というリスクヘッジを問うものなのだが、これも「その時考えれば良い」と一蹴されてしまっている。ついでに言えば、鈴を置いて優くんが死ぬわけもないことも知っている。
お婆の思想は現状維持であって、今より繁栄することではないから、それで十分なんだよね。ここで「人間と共存の道を歩めば妖怪の世界は今よりもっと広がるんだ!!」とか主張したら、それがめちゃくちゃでも、ある種の勢いにはなったかもしれないし、もしかしたらお婆はそういう未来に自分を打倒してほしいとさえ願っているかもしれないが、優くんはそういうタイプでもないしな。
優くんは、あくまで自分優先なのさ。一応、全体のことを考えていなくもなく、それは自分の気持ちが大事で、きっと皆もそうであるはず!……という理屈なのだが、「私…この村でないと…まともに暮らしていけへん…」という、かつては少女漫画的恋愛に憧れた霞が、現実に直面して漏らした悲痛な言葉を、優くんはどれだけ真剣に考えただろうか。せめて優くんが、体質を乗り越えて人間の女の子とくっついていれば、多少は説得力があったかもしれんけどねぇ……。
安心ハーレムを築くための舞台装置が、もうことごとく優くんの考えを邪魔しているよね。
結局お婆の言う通りになりそうな
この優くんの迷走には、作者さんのもがきがそのまま出ていたんではなかろうか。優くんに理屈を考えさせるたびに、でもこういう事情があるんだよなー、ということをお婆たち(その中には鈴さえ含まれる)を通して語り、しかもそれに対する有効な優くんの反論もない。かといって周囲を捨てることもできず、その癖希望だけはいっちょ前で、特殊な事情も考えずに現代倫理を振りかざす。これじゃ男子高校生の浮かれた初恋物語に見えてしまうのも仕方なかろう。結果的に「ああ、若いなぁ……」という感想になってしまうという。
最後、お婆に立ち向かう気なら親父さんの協力は不可欠だったと思うけれど、それもなかったのは、なんでだろうね。妙なわだかまりで親父さんを認められなかったんだとすれば、それこそ優くんの覚悟のなさの表れだろうな。本当に何一つ、自分のちっぽけなプライドさえも捨てられないのかっていう。
まぁその程度のもんだから、お婆は最後、様子を見ることにしたわけだ。それは優くんの頑張りよりも、先代との関係の失敗、ということのほうが影響大きかろう。お婆にとっては贖罪の意味がある。
その後は、嫁さん一筋な親父さんとお婆の会話をとおして、なんとなく優くんの一夫一妻的な未来をほのめかして終わるのだが……。どうだろうね?親父さんは嫁と一緒に村を出ていったけれど、同じだけの覚悟が優くんにあるかな。優くんは二代目の甘っちょろいボンボンですよ。それが悪いってんじゃないんだけど、親父さんとは違うだろうって話でね。
少なくとも、鈴には村やお婆を捨てることはできない。鈴に村を捨てられない以上、優くんも村を捨てられない。きっと親父さんなら俺が幸せにしてやるくらいの気持ちで無理やりにでも行くだろうけれど、優くんには絶対できない。優くんの葛藤は、自分勝手になりきれず、皆に自分たちを受け入れてもらおうとしているところにあるからね。しろの言う通り、駆け落ちできるタイプじゃないんだよな。まぁ普通の人はそうだよ。すべてを捨てて自由恋愛を優先できる人なんて稀さ。それは鈴も一緒。そして、二人は村の中で生きることになる。
すると、色々な事情が否が応でもわかってくる。情もわく。皆の優しさに、優くんも次第に気づく。お婆の気持ちの切実さもわかる。今はただ最低だと思っている先代の気持ちも、徐々にわかってきてしまうだろう。世話になったという先代を裏切り、すべてを捨て、また妻にも捨てさせた親父の覚悟の重みも知るだろう。周囲も変わる。初めての恋愛感情に戸惑っていた鈴も、次第に落ち着きを見せる。若い間は子供を残したいなんて思わなかった子たちが、そこに切実さをもって願うようになる。優くんも変わる。若い時分の熱は冷め、生々しい現実の冷たさの中で心地よい温さを求めるようになるだろう。
そうした時に、優くん(と鈴)が今の意思をずっと保っていられるかというと、それはきっと難しいだろうなーと思う。多分鈴に他の人とまぐわってほしいとか言われてそのままやっちまうんじゃね?っていう未来が見える。しかも多分そのほうがスッキリするというか。親父さんと違って、優くんと鈴は大恋愛って感じでもないしね。そりゃまぁ、元々そういう風に描かれ始めたんだろうし。しかもそれがけっこううまく描かれてしまっていただけに。といって、優くんに村人たちの考え方そのものを変えさせるほどの大器は感じられないし。
なんだかな。せっかくぬるいハーレム舞台装置を用意したのに、なんで方向転換しちゃったんだろー。ハーレムラブコメに都合の良い世界ってことは、逆に言うとハーレムラブコメじゃないと都合が悪い世界でもある。なぜ自ら作った世界観を壊そうと……?元からそういうつもりだったならともかく、そうでもなかったみたいだし。うーん……。っていうか、恥じらいを持ち始めて鈴のキャラだいぶ弱まっちゃったよね……。
なんだか、色々ともやっとしてしまう最終巻でございました。。。ハッピーエンドを求めた結果、誰も幸せにならないエンドになってしまった感。お婆の複雑な想いばかりが伝わってくる。なんというか、お婆の話になってしまったと思うんだこれ。
コメント