『乙女男子に恋する乙女』1巻感想:男らしくより自分らしくある素敵な男性

島崎無印, 乙女男子に恋する乙女 1, 2018

ラブコメ的には 乙女男子 x 乙女 のいちゃラブ系に入るかもしれないが、言うほどイチャイチャしていない。

この漫画の場合、ラブコメよりかは乙女男子であるところのゆきさんの生き様や周囲の反応に、考えさせられるところがあるかもしれない。

この乙女男子は、今流行(?)の男の娘やTSとは違って、ただかわいいものが好きというだけで、性自認は男だし恋愛対象は女。素敵な男性と言われてうれしくなる。これは昨今何かと話題の性的マイノリティとは違う。が、中々理解されづらい感覚だろうなと思う(でも多分理解できる人はすんなり理解できる)。

以下1巻感想。どうでもいいけど読者層はこれ、男女どっちが多いんだろうね。

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乙女男子なるもの

おー、これは。ありそうでなかったというか。ヒロイン……いやヒーローが乙女男子なのだけれど、これが昨今よくある男の娘とか女装男子みたいなカテゴリーにはおさまらない感じ。

というのも、乙女男子ことゆきさんは、別に女の子になりたいわけでもないし、女らしくなりたいわけでもないからだ。女という性別に憧れがわるわけではない。むしろ自分が男であると、ことさらに強調するではないものの、そう意識している。

ただ性向として可愛いものが好きで、その結果行き着いたのが男の娘カフェのバイトであり、世間一般では「女装」と呼ばれる格好であった。

が、彼の性自認は間違いなく男だし、恋愛対象も女。主人公のまゆに「素敵な男性」と言われてうれしくなり、また救われる思いをしている。

つまり彼はいわゆる性的マイノリティではない。ただ、かわいいものが好きな男である。なにかと奇抜な設定がつけられる漫画において、これは一周回って珍しい。

自分、男ですから…

ラブコメ的な読み方をすれば、素敵な男性と言われてうれしくなったのは、まゆに言われたからだという解釈もできる。実際そういう面もあると思う。が、多分それだけでもないだろう。「素敵な男性」は、ゆきがこれまで受けた中でも最上級の称賛であり、肯定であり、また救いであった。

ゆきは男である自分を否定していない。まゆに「ゆきお姉さまとお呼びしても?」と言われた時には「せめてお兄さんと呼んで」と苦笑いしている。

彼は生まれ持った体に、違和感を感じているわけではないのだ。ただ自分の好きなものが、いわゆる「男らしさ」とはかけ離れ、むしろ「女らしさ」と評されるような、そういうものであったという、ただそれだけなのだ。

こういう人は、この世知辛い世間ではめちゃくちゃ生きづらい。実際、ふわふわした本編とは別に、彼の幼き日を描いた番外編はなかなかヘビーで、学校・世間という閉鎖空間により彼の本質が破壊されそうになった酷い話。

具体的には、女の子の格好して学校に通ったらクソほどいじめられて、周囲からは自分の意思ではなく親に無理やり着せられたのだろうなどと自分の自由意思を否定されただけではなく大切な人を貶され、先生からも面倒なことしてくれたなぁと、徹底的な拒絶を受けたという、胸糞悪い救えない話なのだが、まぁでもリアルはこんなもんだろうさ。

ゆきがもうあんな格好しないと言った時に、先生がホッとしているが生々しいわ。いや本当に学校なんて害悪でしかないからさっさと潰すべき……と、ああまた変なところでヒートアップしてしまった。グランマがいなかったら彼はどうなっていたのだろうか……。

まぁ人の気持ちばかりはどうにもならないので、世間的な男らしさとかけ離れた彼を気持ち悪いと断じる人はいるだろうし、実際登場人物の中でもまゆの友人は女装カフェで働いていると聞いて「ヤバい感じしかしない」と偏見を隠さないし、それはまぁ取り立てておかしくもない、普通の感覚だろう。

だが同時に、そういう人のほうを好ましいと思う人もある。いわゆる男らしさを敬遠するのは男女共に存外いるのではないかと思う。

もう原始時代ではないのだから、何もわざわざ気に入らないものに積極的に近寄る必要はないけど、拒絶もせず、いい加減に多様な価値観を認め合って生きていきたいもんだね。

……なんかもう全然ラブコメ漫画の感想っぽくなくなってしまった。

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