『謎の彼女X』12巻(最終巻)感想:10年かけて普通の彼女になった感慨

表紙からして既に最高

一番好きなラブコメは何?と言われると困るんだけど、一番衝撃を受けたラブコメは何?と言われたら、俺は読み切り版(第0話 )謎の彼女Xを挙げる。俺にとっては特別な作品だったから、完結したのは一年以上前だったけれど、最終巻である第12巻を、ずっとずっと積読状態にしていた。なんとなく、最終話を読んでしまうと本当に終わってしまう気がして。いや終わってるんだけどさ。

でも、なんとなく読んじゃったよ。ついに。こういうのって、ほんとなんとなくの勢いだ。そう勢い。勢い大事。そんであれな、もう十年やってたんやね。そういやあの頃は俺もまだ学生だったよ。以下ネタバレ含感想、雑感。

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第0話に衝撃を受けた

そもそもなんでこの漫画読んだんだっけな。植芝理一は濃いファンが多い作者だけれど、別に俺はこの人の熱狂的なファンってわけでもなくて、いまだにディスコミュニケーションも読んでないし。いや手に入れてはいるんだ。積読なんだよね。そのうち読もうと思いながらもうずっと。今の俺が読んでも楽しめるかなぁ。いやそれはいいんだけど。

たしか後輩の家にあって、なんとなく手に取ったのが始まりだった記憶がある。タイトル自体は知っていたから。なんとなく狙いすました感じがしていて、正直あまり良い印象は抱いていなかった。で、あまり予備知識もなく、特に期待もせず、なんとなくパラパラめくって読み出したら、うわなんだこりゃってんで、ものすごい衝撃を受けたんよ。

卜部美琴の神秘的な魅力ももちろんだけれど、唾液を媒介にした恋愛というのが、とても変態的でありながら、どこかプラトニックな感じもして、これは天才の発想だな、と。ラブコメかくあるべしと。

ノスタルジックな背景の中で淡々と進む日常、突如として描かれる病気めいた異常な書き込みでメルヘンとSFを無秩序に構成したようなわけわからん世界、なんだろう、取り立てて何がすごいってわけじゃないんだけど、一つ一つがマッチして不可思議な世界を作っていて、気が付くとその魅惑的な世界観に吸い込まれるようだった。

とにもかくにも、ラブコメの浪漫と夢が、この一話に詰まってるなぁ、と、その時そう思ったわけじゃないけど、とにかく衝撃的だったわけだ。その後の話は、最初のほうこそ謎を残してはいたものの、神秘のヴェールはどんどん剥がれ、謎の彼女っていうかもうこれ普通の彼女ちゃう?とあちこちで囁かれるようになるのだが。

普通の彼女卜部さんになりました

そしてこの最終巻。卜部さん、もはやほぼ完全に普通の彼女。なんか既に家族に挨拶とかしている。そんでもってキスする?するの?どうなん?いく?いくんか?いくんかーーーってところで、しないんかい!と。どうも、キスは卒業までお預けにしたいようだ。おいおい今時どんなプラトニックカップルだよ、と思ったけどこの世界まだポラロイドカメラとかある時代設定だったわ。いやでも!そうかもしれないけど!

というわけで、最後までキスがなかった。作者が若かったらキスどころかセックスもさせてたと思うんだが、キスもなかった。でも、だからこそ、続いていくのかもしれない。制服を着ている間は、と二人が繰り返し言うのは、高校を卒業した先のことを二人共既に考えて、それを見越して動いている、ということだろう。なんか現実的やなおい。それはロマンスとしては薄いカルピスみたいなもんで、甘くないしおいしくもないかもしれん。燃え上がる恋を描いてこそのロマンスでありラブコメだと思うし。でも燃えたら燃え尽きちゃうからね。そうではなくて、もっと長く続くような形を求めたのだとしたら、それはやっぱり作者の考えが変わったことによるのだろうし、それを受け入れる俺の考え方も変わったんだと思う。歳を取ったとも言う。

卜部美琴はもはや第0話で見られたミステリアス・ガールではなく、ひょっとしたらそれによってその魅力も幾分削がれたところがあるかもしれない。けれど、それは椿明と卜部美琴の二人の恋が、ハリケーンのように激しく突発的でそしてすぐに過ぎ去ってしまうようなものではなくて、これからも生涯続いていく日常の空気の中に、平凡という形で溶け込んだからだと、そんな風に思う。思いたい

なお溶かした水は唾液の模様。やっぱ変態的ではある。三つ子の魂なんとやら。でも変態とプラトニックは別ベクトルの概念であり、両立することを証明してくれた作品。とはいえ人には勧めづらい。

一つの夢の形

持論だけどさ、ラブコメはやっぱりファンタジーであり、夢なんよね。だから、本当はとことん夢を追いかけたらいいんだと思う。そういう意味では、本作はあれだけの始まりを見せながら、最後の最後、夢というより何か現実めいたものを目指すようになったわけだから、なんというか、つまらん終わり方をしたなとか、消化不良だなとか、不完全燃焼なんだろそうなんだろ、とか、そんな風な感じ方もあると思う。そういう感想も見たし、俺自身、そういう気持ちはないでもない。

でも、どうなんだろうね。たしかに、太陽が燃え上がり燃え尽き最後の光を放つワンシーンを切り取ったような美しさではない。けれど、これはこれで、閉じた系の中で続く仮想的な連続、無限ループみたいな終わり方だ。理想的なインパルスではないかもしれないけれど、理想的な周期関数と言える。どちらも現実には存在しないという意味では同じだし、それは美しいのかもしれない。最初と最後で、形は変わったけれど、これはこれで一つの夢の形かなとも思う。

夢を追いかけることがいいのかどうかも、わかんないけどね。だいたい結婚もせずに何言ってんだろうね俺は。こうして好き勝手語るためにブログ作ったようなもんだよ。でも、この作品、読めてよかったな。学生の時に出会えてよかった。

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