「○○は面白い?ネットの評判をまとめてみました!」←まとめるなお前の主観的評価を書け

最近のGoogle検索で本当に本当に嫌になるのはもう「○○は面白い?ネットの評判をまとめてみました!」とか「○○な人にオススメ20選!」とかのクソしょうもないまとめ記事で、ゲームとか漫画とかもうこんなんばっかり引っかかって本当にどうしようもないことだ。

まとめるなお前の人生観と実体験に基づく主観と偏見に満ち満ちたとりとめのない感想をきかせろ。エアプじゃないならさ。

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検索結果が酷いという話

これはけっこう同意してくれる人が多いんじゃないかと思うんだけれど、特にここ数年、Googleの検索結果がまぁひどいって話で。この件はもう何度か愚痴っているのだけれど(「ラブコメ漫画で検索してもしょうもないから – 少年は少女に出会う」)、それにしてもなぜ今はこんなにしょうもないのだろうか、なぜ昔はもっと面白いサイトが多かったように感じられたのだろうか、なんてことを考えていた。

で、思ったのは、昔は検索結果に無数の主観が出てきたからじゃなかろうか、と。ありとあらゆる独自考察。それは事実誤認があったり独りよがりだったりしたかもしれないけれど、しかし間違いなくその人ならではのものだった。だからこそ面白かった。共感、あるいは反発し、感情を動かされた。考えが深まった。

それがいつ頃からか、妙に客観的な……あるいは、毒にも薬にもならない一般論や他人の言葉の切れ端を中途半端にまとめたものが、検索上位に出るようになってしまった、と思う。

たとえばこんな検索結果

たとえば「仕事 やめたい」でググると、以下のような結果が出る。

2019年11月24日のログインしない状態での検索結果

言うまでもなくこの結果はクソ。ここには何一つとして求めているものはない。なぜならば、実体験がないからだ。ここにあるのは、平均的な、しかし誰にも当てはまらない一般論だけだ。っていうか下手したらどっかのサイトのコピペだろこれ。

いやまぁ、一つくらいは一般論的な記事があってもいいかもしれないのだが、なにしろこんな記事で検索上位が埋め尽くされているのだからたまらない。聞きたいのは毒にも薬にもならない一般論じゃないんだよ、仕事をやめたくて仕方ないけれどやめられない人の切実な心情の吐露や、実際に仕事をやめた人の生々しい経験談が知りたいんだよ。

と考えて、「仕事 やめた 経験談」で検索してみるやん。するとこんな感じになる。

2019年11月24日のログインしていない状態での検索結果

少しマシにはなったけれどやはりクソ。今度は他人の経験をまとめたサイトが引っかかりだした

Fuck。

まとめなくていい。ってかまとめるな

ただ、少しずつ個人の経験を綴った記事も引っかかりはじめている。そういうのは参考になります。というか、そういう記事をバンバン出してほしいわけですよ。Googleさんには。この広いネット上には、絶対そういうのもたくさんあるんだし。

難しいのはわかる

まぁでもね、難しいところなのもわかる。なんでかって、検索上位にきている連中は、Googleのアルゴリズムを狙い撃ちしているからね。ビジネスでやっているから、そら強い。

ネットでは広告収入というマネタイズ手法が確立されているからね。広告収入はPVに比例するので、みんな必死こいて検索上位になろうとするわけだ。で、検索上位になるにはオリジナルの良い記事を提供すること……であればいいんだけれど、現実にはそうではなくて、要はGoogleの評価アルゴリズムにうまいことマッチすればいいわけ。

もちろんその内訳は公開されていないけれど、なにしろビジネスだからみんな必死こいて研究する。で、反映されるのだけれど、どうやらサイト構造をしっかりさせて、それなりの文字数でそれっぽいキーワードを放り込めばなんとなく評価されてしまうようで、3年前だがいい加減なサイトを作ってそのことを検証した人の記事があり、参考になる(「【SEO】今のGoogleは文字数さえ多ければ上位表示できる。 - はてなブロック in はてなブログ」)。2019年現在、本質的には変わっていないものと思われる。

Googleも問題意識はあるのだろう

まぁGoogleもアフィ野郎どものクソ記事ばかり引っかかっているなっていう自覚はあるのだろう。いくつかのワードは少し改善された気がする。たとえば「死にたい」でググると、前は「死にたいと考える前に見て欲しい7つのアドバイス」「死にたい / なんとか知恵袋」みたいなクソ記事で埋め尽くされていたけれど、今見たら厚労省や病院といった機関の記事や、実際に死にたいと考えた人の個人的な記事が引っかかって、だいぶよくなったな、と思った。

若干クソ記事もチラッと見えているけれど、まぁいいかと思える結果だと思う。なんかこのへんは、Google側で泥臭いチューニングをしている気がする。いのちの電話の番号まであるし(ついでの話で、友人は昔、精神的に追い詰められていのちの電話にかけたら混雑していて繋がらなかったらしい 笑。あ、友人は立派に生きていますよ!)。

逆に言うと、Googleのチューニングがなされていないようなジャンル、たとえば上記の仕事関係の記事なんかは、クソ度が高まっていくんだろうと思う。まして、エンタメ関係なんかは言わずもがな。

というかまぁ、チューニングのしようがないのだろう、とも思う。医療関係なんかだと、信頼できる機関の情報、というのがあるわけだが、多くの分野においては、信頼できる機関、なんてものがそもそも存在しない

たとえば当サイトはラブコメ漫画の感想ブログであるわけだが、ラブコメ漫画の感想の権威なんてものは当然のことながらあるわけがない。上にあげた仕事の話もちょっと難しい。で、結局アフィ野郎や営利目的の企業やメディアの記事ばかりが引っかかる、と。もうほんと、何の参考にもならない

個人の主観でいいのさ

じゃーどうだったらいいのか。ここで話が戻るんだけれど、ほとんどの分野では個人の主観こそが最も求められているもの、だと思っている。先の仕事の話なら、実際にやめたい、けれどやめられない、みたいな話や、実際にやめたよ、こうなったよ、みたいな話をいくつもいくつも聞きたいわけだ。

つまり、個人の経験に基づく主観的な記事が読めればいい。それは間違っていても、その人にしか当てはまらなくてもかまわない。人ひとりの知識なんて大したものではないし、人生ってやつは人の数だけあるんだから、むしろそれで当たり前。だが不思議なことに、自分には直接当てはまらずとも、その人ならではの生々しい経験や考え方こそ、共感(あるいは反発)できるところであり、結果、自分にとっても参考になったりする

経験・主観はまとめちゃいけない。無理に経験をまとめたところで、一人ひとりの生々しさが消えて共感・反発しづらくなるうえに、結論は誰にも当てはまらず差し障りのない平均が出てくるだけ。それは何の参考にもならない。

もっとも、一般論も理論化までいけば話は別なんだが、通常それは書籍として何百ページもの分量を費やしてなされる。ネットの広告収入ではペイできないからだろうね。だから底の浅いまとめ記事がネットには溢れている

今でも面白い個々人の経験談や主観論はネットにはたくさんあるんじゃないか、と思うんだが、なにしろ検索結果に出てこないのでわからない。Googleの対策を待つしかないのだろうか。いや対策なんてできるのか?それとも個人で出来るなにかがあるのか。わからない。わからないから今日もここで愚痴っている。不毛だ。どうすりゃいいんだろうねぇ……。

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