『回復術士のやり直し(漫画)』1巻:悪堕ち主人公のリベンジ、悪い顔が楽しい

回復術士のやり直し(漫画) 1, 2018

例によってなろうコミカライズなのだけれど、この作品は面白かった。非人道勇者パーティー、リベンジ、時間遡行などテーマ自体は見慣れたものなんだが、物語としてうまく構成されている。テンプレはうまく使えば有用なんだなと改めて思わせる。

主人公の目的が勇者パーティーへの復讐と支配になっているのが変といえば変かもしれないが、まぁ既に彼の心は壊されているんだろうね。

そんなわけで彼はダークヒーローなんだが、お相手がそれ以上にダークなのであんまりダーク感がない。

原作未読だが十分に楽しめたので、コミカライズとしても良いものだと思う。

まぁまぁエログロなのでそこは注意かな。以下1巻感想。

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能力主義的な世の中で

「もう一度、勇者になろう」ってドラクエの宣伝文句だっけ?一時期ネットで「俺たちもオッサンになったんだなぁ」ということを噛み締めさせるキャッチコピーだと話題になった記憶がある。でも検索しても全然出てこない。

まぁいずれにしても、勇者が少年たちのヒーローとして扱われていた時代は間違いなくあったし、そういう前提を元にして魔法陣グルグルみたいな作品も生まれている。

最近よく見る勇者パーティー追放ものなんかも、そうした前提のうえで生まれているものなんだとは思うが、それにしても今の「勇者」の扱いには世相が反映されていると思えてならない。

最近の勇者は大した努力もしていないが、並外れた才能と高等な血筋があり、そのため社会的に成功しただけの人間のクズ。

これは親ガチャだなんだと言われる昨今の情勢とリンクするところがあると思っていて、まぁ現代において、成功者というのは遺伝的な才能に恵まれ、実家が太く、その癖自分の成功は自分自身の努力によると思い込み、他者より自身を上においた無自覚な選民思想の腐れ野郎……みたいな見方もあるわけだ。

そしてそうした腐れ野郎をフィクションの中でやっつけるわけだが、そのやっつけ方が結局は「才能」をベースにした圧倒的な「能力」であるところに、現代の悲哀を感じる。

主人公の悪い顔が楽しい

本作もそんな作品の一つだと思う。復讐の動機は「理不尽で非人道的な扱い」「軽んじられたこと」で、これは昨今の復讐ものとして珍しくない、というかだいたいそれ。特に「能力に対する過小評価」「可能性を見ない」「自分の知っていることだけで判断する」「弱者に対する非道」などはまさに能力主義的な世相における理不尽さだなぁ、と思う。

で、弱者と思われたが実は圧倒的強者だった、というパターンでやり返すわけだが、本作のチート能力は能力コピー。この能力コピー自体は割とみる……が、本作の場合主人公の人格を破壊するほどに強烈、という大きな制約がある……んだけれど、これスキルでなんとかできてしまうんだよな。ただスキルを覚えるまでに時間がかかるため、もっとも大事な初動が遅れるんだが、軌道にのったらなんてことなくなるため、制約としては微妙。

ただし初動が遅れるため最初の段階が最悪かつ味方がいないという状態でスタートするかつ、二週目プレイ故に「主人公の心が最初から壊れている」のが一番の特徴かもしれないね。

実際、主人公の悪い顔が楽しかったw

この主人公はきっとこのままいくんだろうな。そう思うと、少し物悲しくもある。また、結局チート能力で上をいってリベンジするのは、主人公的には確かにリベンジなんだが、なんだか堂々巡りで、ちょっと虚しさも感じる。結局力には力か、という。物語が進むと違ってきたりするんだろうか。

勇者ってなんなんだろね

そのうちに続きも読むかな。原作はどうしよう。なろう見たら既に商業一本になっていた。うーん。

なんにしても、いろんな意味で現代的な作品。もう勇者は優しい力持ちではなくなってしまったんだね。そもそも勇者ってなんだよっていう。血筋か。才能か。今にして思うと、魔法陣グルグルはそうした「勇者」に対するアンチテーゼの先駆けだったのかもしれないなぁ、なんて思ったりする。

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