『かぐや様は告らせたい』18巻感想:ラブコメの枠を超えるのか

赤坂アカ, かぐや様は告らせたい 18, 2020

おお、すげぇ。この表紙しれっとやってるけどすごい。だってこれ、メインヒロインが主人公の友人(後輩だけど)ポジと楽しそうに戯れるという構図だからね。ラブコメの表紙でこれができるのはすごい。つまり、この漫画で描かれているのはラブだけじゃないってことでもある。

いやもちろん、相変わらずラブコメとして素晴らしいんだが、それはそれとしてちょっと異質なものも感じていて、あー、ラブコメの枠組みから飛び出そうとしているのかなって。もちろんベースはラブコメであり続けるんだろうけれど(というかそこを見失うとあっという間に漂流するだろう)。

ラブコメとしてはもうこれ以上やることないってくらい極めているもんなぁ。この漫画も人間交差点のマリアナ海溝より深い闇に潜るのだろうか。どうなるかな。以下18巻感想。

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かぐやの闇

つくづく、この漫画は四宮かぐやという主人公でありヒロインの闇が中核になるのだなと思う。今回最初の友達テストの話とか、物語がここまで進んでいるからいいけれど、普通に考えてドン引きの話やからなぁ。友達テストして合格したら友人とか、そんな奴絶対嫌やわ

そう感じる反面、かぐやはそうする必要があったんだなぁということもわかるので、なんともやるせない。また、そのことをかぐや自身が負い目に感じている節がある。それでもやらざるを得ない、過酷な環境だったわけだ。

オマケにちょろっと書かれた、かぐやの友達テスト結果で、会長と早坂に対してテストをしていないのは、かぐやにとってこの二人が特別であることを示しているのだろうか(伊井野は単にまだそこまで深い仲ではないからだろう)。

かぐやと石上

かぐやは会長以外とも独自の人間関係を築いているのだが、その中で石上会計との関係は特筆に値する。本作でかぐやは主人公ポジションだが、同時に会長もかぐやと同じく主人公ポジションなので、ラブコメとしてはメインヒロインの役どころも期待されるわけだ。にも関わらず、主人公の後輩である石上と、主人公も密かに嫉妬するような仲を築くのは、ラブコメとしてかなり挑戦的だと思うし、本作がラブだけではない作品であることの証左だと思える。

かぐやと石上、考えてみるとめちゃくちゃ相性いいんだね。石上は不器用だけれど実直な男で、かぐやはそういう人間の本質をきっちりと見分けられる女だから、石上にとっては数少ない自分を認めてくれる人であり、かぐやにとっては信頼できる人間だ。また、石上の不器用さ故に世間とうまくやれない感じが、かぐやにとっては愛おしく思えるのだろうし、同時に彼が社会の中でうまくやれないことが苛立たしくもあるのだろう。

能力についても、かぐやは無能を嫌う、というかどう対応してよいかわからないのだろうが、石上は基本的に高い能力を持っている。多少やさぐれてしまっているだけで、がんばり屋だし。かぐやのスパルタにほとんどのヤツは志あってもついてこれないだろうが、彼ならば応えられる。

過去に相手の能力や性格を鑑みずに苦い思いをしたことのあるかぐやにとって、遠慮なく叩き込めるのは嬉しいことだろう。また、そうやって遠慮なくやってくれるほうが、石上にとっても有り難い。もっとも、石上は石上で無能に教えられるのは御免被るタイプだが、かぐやはこれ以上ないほどに有能である。

ここちょっと面白くて、多分会長みたいなタイプは藤原書紀のような共感型のコーチが向いているんだけれど、石上は徹底的に合理を追求した理性型のコーチが向いているんよね。だから会長にとってはかぐやより藤原書紀のほうがコーチとしてはよい(踊りの回を見ても、実際型を教え込むかぐやより表現の力を感じさせたい藤原書紀のほうが会長とは相性よさげに見える)。一方で石上はかぐやのほうが良い。

などと書いていると、かぐやと石上は、その性根において作中でももっとも近い二人なのかもしれないと思えてきた。それにも関わらず男女として接近しないのは、二人とも、たとえば自分が異性になって分裂したとして、その相手と理解者・友達にはなれても付き合うことはできないタイプだからだろう。石上がもし女だったら、かぐやと同じように順当に会長を好きになったと思う。そしてかぐや男はなんか怖い、っていうか会長女だったら今以上に会長に入れ込みそう。

かぐやと石上は自己否定的、という点において根底に同じものをもっている。なので、相手は肯定感のある人のほうがよいだろうね(会長も闇を抱えているんだけれど、それ以上に深い愛を持っている)。

その意味で、最終的に石上のお相手になりそうな伊井野は、やはり自己否定的な人間なのでちょっと難しそうに思えるな。伊井野にとって石上はほぼ最良の選択だけれど、石上にとって伊井野はどうだろう……。ただ伊井野は、石上からすると幸せになるべき人間ではあろうし、そこが突破口になるか……?

ラブコメの枠を超えた人間劇場

とまぁ周囲の恋模様がざわつく割に、会長とかぐやは安定期に入っている。かまってちゃんアピール回とか、そこらのいちゃラブ系ラブコメも悶絶するいちゃいちゃっぷり。作者さんもタイトル変えて仕切り直したいのではなかろーか。

ただ早坂絡みで、かぐや周りがだいぶ騒がしくなっているようだ。どうやらここを切り口に、会長は四宮家に関わっていくことになりそう。

しかし、早坂の労働問題が取り上げられるとは思わなかった。いやまぁ確かに、現代日本において高校生である早坂の働き方は思いっきりアウトなんだけれど、正直、ラブコメのフレームワークだと大した問題にはならんというか。なんかこう、スルーされがちなところだよね。

そこを突然遵法精神だのなんだのと言われると、俄に現実感がでてくるというか、え、そこ、リアル路線いっちゃうの?っていう。でも確かに、兆候はあった。でも深めるとは。ちょっとびっくりしたけれど、これは一つサインなのかなぁと思った。これから別の世界に踏み込むよ、っていう。

つまり、本作はこの後単なるラブコメにとどまらない、人間劇場を展開するつもりなのかもしれない

こういう作品は時々ある。たとえば、「甘々と稲妻」という飯漫画があったが、あれも途中からなんでも飯作って食べて解決っていう飯漫画のフレームワークを飛び越えて、「ご飯はきっかけにはなっても、解決にはならない」という至極真っ当な話をやりだして、それは確かにそのとおりなんだけれど、そこをなんとかしちゃう安易さが飯漫画に求められていることでもあり、「ああ、そうか、この漫画はもうそういう次元じゃないんだな」と思わされたものだ。

それは間違いなく漫画としてより深いところに潜るもので、ひょっとするとそういう踏み込みは名作と呼ばれるものの必要条件なのかもしれない。

ただ、一読者としては楽しみな半面、読むのに負荷がかかることでもある。なにしろフレームワークからはみ出しているので、どういう展開になるのかまったく先読みができない。洗練され熟れた面白さよりも、生々しい人間的な描写が増えてくる。非現実を楽しむつもりが、まるで現実の延長を見ているような気分になる。

……ということもあってか、俺は甘々と稲妻の最後をいまだに読んでいなかったりする。そのうちに必ず読むつもりではあるんだが……。

この先に光はあるか

結局、物語というのは人間という宇宙をいかにして捉えるかという試みなのかもしれない。ただそれはあまりにも深く、とても一人の人間に扱えるものではないので、いろいろな人たちが分かる範囲で少しずつ場を踏み固め、それがジャンルというフレームワークとして成長していくのだろうか。そしていくつかの作品は、その安住の地からまだ誰も見ない人間交差点の闇の中へと飛び込んでいくのか。

誰かが切り開かないといけないものな。おとなしくしていれば無難に良作として終われるのに。打って出るのだろうか。確かにこの漫画はラブコメという確かな足がかりがあるので、漂流せずに新たな世界を切り開けるかもしれないな。

などと言ったものの、正直ちょっと不安も感じている。この漫画は非常に洗練されたラブコメだと思うけれど、ここからはだいぶ荒々しくなるんじゃなかろうか。

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