原作 城平京, 漫画 片瀬茶柴, 虚構推理(漫画) 10, 2019
いや……不気味と言ってしまってはあんまりかもしれないのだが、なんというか、得体が知れないというか、空恐ろしいというか……。
本作の主人公でありヒロインである岩永琴子は、読めば読むほどに薄気味悪さを覚えさせる女だと思う。俺は本作について、少しずつ感想を書いているのだが、巻を進めるごとに岩永琴子への印象が変わっていき、もうついに琴子ちゃんと言う気もなくなってしまった。もっとも、原作者さんもそのつもりでキャラを作っていたようだが。
今となっては、九郎先輩の言うこともなんとなしわかる気がする。っていうか苦労先輩って言いたくなってきた。この人のおかげで、確かに岩永琴子は愛らしいのだなぁ。お疲れ様です先輩。何があったんですか先輩。
まぁでも、六花さんも大概だし多分先輩も変な女が好きなんじゃね。以下10巻感想。
少女のような老婆のような
これも一つの少女像かもしれないなぁ。
なんとなく、昔読んだ少女小説を思い出した。まぁ、本巻ではついにビールをグビりといくようになるので、名実共に少女ではなくなるのだが。九郎先輩曰く毛深いらしいが、その後彼女自身が示唆したようにそれはあそこのことなのだろうか。いや九郎先輩がそんな下世話なこと言うかな。隠れているところは全部毛深いのか?無駄毛の処理とか怠ってそう。どうでもいいけど。
下着の柄を聞いてもなんとも思わない程度には、既に彼女に対して当初感じた愛らしさの印象は霧消している。岩永の奔放さは紛れもなく少女的なのだが、その賢しさはまるで世慣れた老婆が生まれ変わったようでどことなく不気味だ。姿かたちが少女でなくとも、近寄り難いものを感じさせる。
もちろん、あやかしたちから通常知り得ない情報を知っているというのはあるのだが、それを差っ引いてなお彼女の立ち回りは巧みであり、その老練な心理的駆け引きなどは頭の良さだけでは説明できないものがある。妙に性に対して積極的というか貪欲なのも、耳年増で微笑ましいというよりなんかもう単純に怖い。
苦労先輩のおかげさまで
そんな彼女が少しでも愛らしく見える瞬間があるのは、九郎先輩が容赦なくアイアンクローしてくれるからだ。当初は「もうちょっと彼女らしく扱ってあげていいんじゃなかろーか」などと思っていたがとんでもなかった。九郎先輩の距離感は正しい。この娘はちょっと距離を置いておき、近づいてきたらアイアンクローかますくらいがちょうどいいのだ。
頬を染めて色仕掛けする様も、中学生の頃ならおしゃまで愛らしく思えたかもしれないものの、ビールの泡を上唇に乗せる歳となれば相応の色気があってほしいものだが、残念ながら岩永琴子はちんちくりんである。まして九郎先輩は六花さんタイプの美人が好きなのだから、幼児体型の岩永に色仕掛けされると割と本気で腹が立つのではないかと思われる。しかもどこまで真面目なのかわからないが、多分大真面目なのだが、岩永の柄物はどうも少しばかり悪趣味なところがあり、男性の情欲をそそるものではない。
まぁそういう変わったところが彼女の魅力であるのは確かだが、それも九郎先輩がキッチリとツッコミを若干キレ気味で入れてくれるからこそ面白いとも言える。
↑九郎先輩のやる気を引き出すべく、スカートをたくし上げてパンツを見ろと言う岩永に対し、多分ちょっと本気でキレてる九郎先輩。まーでも公衆の面前ではしたない行動をとる岩永を心配する気持ちもちょっとはあるんだと思う。多分。あったらいいね。
なんにしても九郎先輩おつかれさまなのである。未だ作中で描かれていないが、いったいどういう経緯で九郎先輩は観念したのかたいへん興味がそそられる。
なんだかんだ、二人の間柄は魅力的
まぁこれだけ描くとまるで脅されて付き合っているかのようだが(ひょっとするとそうなのかもしれないのだが)、作中でも触れられているように、九郎先輩は実は岩永のことを相当大事にしている。不自由なところのある体に負担のかからないよう気をつけているし、危険な依頼を引き受けることを心配している。どことなく、危うさのようなものを感じているのかもしれない。岩永の九郎先輩に対する扱いが(不死身だからとはいえ)存外雑であるのとは対照的だ(ほんと恋人を容赦なく殺すよねこの娘)。
九郎先輩が言うには、岩永琴子は"幸せになるべき"らしい。先輩がそう言うのであれば、多分そうなのだろう。たとえ六花の言うように手ひどく振られたとしても(想像がつかない)、九郎先輩は岩永琴子の幸せを願うのではないかという気がする(それ以上に開放感で溢れていそうだ)。九郎は彼女の運命に自身を重ね合わせるところありつつ、その内に秘めた強さに敬意を払っている。
↑このシーンの九郎先輩の言葉と表情なんか含みがあるよな。九郎先輩としては、そこまで考えてこちらが何かしてやる義理もないと思えるのだろうが、岩永はそうでもないらしい。"秩序"から外れた先輩から、"秩序"のために奔走するおひいさまはどう見えているのだろう。
そうは言っても、岩永琴子は女の子である。九郎先輩に恋をして楽しそうに振り回す姿は、幼き日から"秩序"を守る運命に落ち、それを受け入れ一人理外の理の世界で逞しく生きる岩永琴子に残された、数少ない人間らしさなのかもしれない。半妖の身の九郎は、岩永にとっては秘密を共有できる運命共同体でかつ、年上の大人で気兼ねなく甘えられる存在なのだろうか。
二人の関係は非常に魅力的だと思う。
ちょうど今頃はアニメになっていて、少なくともしばらくは視聴者にとって岩永琴子は愛らしい少女という印象のはずだから、ひょっとしたら岩永琴子の薄い本を世に出そうと思う人もいるのではなかろうか。俺にはもはや岩永が九郎先輩に強壮剤飲ませて逆レするシチュしか思い浮かばないが(本編通りやん)、アニメの内容次第では可愛らしい岩永琴子と楽しそうな九郎先輩が二次創作として見られるかもしれない。
まだ2月のうえ最新刊の11巻も手にとっていないのだが、2020年の私的ナンバーワンラブコメは本作になりそうな気がする。ラブコメじゃないけど。
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