色々あったこの漫画もついに最終巻。ゲームに自分の意思を投影して、不器用な青春を送る少年少女たちの物語もついにクライマックス。
この漫画は1巻読み切りでも十分通用するほどの、というかむしろ「続けるの!?」ってくらい1巻があまりにもきれいすぎる完璧なボーイ・ミーツ・ガールだったので、そういう目線では2巻以降は大いなる蛇足にも見えた。
しかし始まってみれば、なんだかんだでまたハルオたちのことを見られるのは嬉しいもので、まぁ版権問題でゴタゴタしたりしつつ、先を読ませられたものだ。
あの完璧なボーイ・ミーツ・ガールの偶像を引きずり下ろして描かれた物語の結末は、どんなものだろう。以下最終巻こと10巻感想。
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あの素敵ボーイ・ミーツ・ガールから早7年
終わったか……。ええと、2010年連載で1巻出たのが2012年……たしかこの漫画については1巻時点で目をつけていた気がするから、ちょうど働き始めたくらいか……。おおぉ、ながいなぁ……版権問題があった時にはどうなることかと思ったけれど、ここまできたなぁ。あの時には「もうどうにもならないなら、せめてどういうストーリーにするつもりだったのかだけでも教えてほしい」なんて声もあって、自分も同じ気持ちだった。
それくらい先が気になる漫画だったのだが、正直言うと「蛇足じゃね」という気持ちはあった。というのも、1巻がボーイ・ミーツ・ガールとしてあまりにもキレイすぎたので、これはもうボーイ・ミーツ・ガールの彫刻としてこのままそっとしておくのがいいんではないか、なんて思えてしまったからだ。
大人になりつつある少年少女
実際、2巻からハルオは大野がいない間に小春と親睦を深め、多感な思春期ということもあって、彼ら彼女らは泥沼の三角関係に突入していくのだが、それはとてもキレイとは言えない関係だ。
ハルオは気持ちこそ一貫して大野のことを想い続けているものの、そもそも恋心を自覚していない、あるいはしようとしていないところがあり、結果行動としてフラフラしていると言われても仕方のないことが多々あって、それはまぁラブコメとしては面白いんだけれど、なんだかなーと思わないでもなかった。
そこへいくと、大野はハルオよりも自分の気持ちを適切に把握していたようだ。己の気持ちの正体に既に気づいており、だからこそ嫉妬心や対抗心も顕にしてハルオや小春と接していた。そして、同時に、家のことや、自分の立場もわかっている……。
別れの決意
そして、再び海外移住する段になって、その現実的な厳しさを知る大野は、ハルオとの別れを決意することになるわけだ。大野は最後の思い出に、ハルオの大阪遠征でハルオの前にたちはだかり、全力でぶつかるハルオと、自分の中にある未練を「粉砕」する。
ゲームの腕だけではなく、精神的にも成長した大野にとって、ゲームとは単に対戦で勝ったりストレス解消の娯楽にしたりするものではない。無口な自分に代わって意思表示をするものであり、また自分の気持ちを確かめるものでもあった。
一方、ハルオにとってゲームはまだそこまでの存在ではない。で、あくまで勝利に拘っていたハルオは、大野に負けて打ちひしがれているところに、さらに思い出の指輪を姉の手からつき返され、それを決別と受け取った。「もう終わっちまったんだ」と。
漢、それは日高小春
そして大野が旅立つ当日も、ハルオは見送りにすらいかず、かといって家でじっとしている気にもなれず、心ここにあらずという調子でぶらついていた。その足は自然、大野との思い出の場所へと向かい、日高商店の故障中のゲーセンを見ながら物思いに耽るハルオに、小春が気づいて声をかける。
二人の会話は当然大野の話になり、そこでハルオは一つの事実を知ることになる。小春が大野と最後に勝負をして、しかも大野はそれに負けたこと。
……という事実が小春の口から語られた時に「ええぇ!」となった俺は理想的な読者ではなかろうか!いやー、小春は負けたと思ってたわ。見事に叙述トリックにハマってしまった。フー!
小春が言うには、あの勝負の意味は大野が「私(小春)の矢口くんへの想い」をたしかめたかったのだ、と。それはあるだろうけれど、それ以上に、大野は自分の気持ちにケジメをつけたかったのだろう、とも思う。それができるのは、他でもない小春だけだった。小春が真剣に勝負に挑んでくれたからこそ、大野は試合の中で、気持ちを断ち切ることができたのだろう。で、わざと小春に負ける、と。
大野はわざわざ、大阪遠征にいってよいかなんてことまで、小春に断りを入れにいったらしい。大野の中では、ハルオは小春に任せよう、という気持ちが固まっていたようだ。
それでもハルオと最後の勝負しようとしたことを、小春は「最後に矢口くんとの思い出を作りたかったのだと思う」と言うが、それだけではないだろう。大野にとって、それは「未練を粉砕」する意味もあった。
……まぁ、そんな大野の気持ちに日高が気づかないわけもなく、小春はむしろ大野の計り知れない気持ちを知り、身を引くのだが。で、大野の気持ちを無下にしないで、という小春に対して、大野の気持ちを知ってハルオは「笑ってくれ」「 あいつはもう ふっきれちまってんだ……」と思い出の指輪を突き返されたことを告げる。
が、それを聞いた小春は激昂する。
「やっぱり矢口くんは女の子の気持ちがぜんぜんわかってない
押切蓮介, ハイスコアガール 10, 2019
大野さんの気持ちは逆でしょ!?
それを持って迎えにきてほしい意思表示じゃん
いって矢口くん
自分の意思に忠実に生きるのが気持ちのいい生き方って
あなたが言った言葉よ
今さらそれを曲げないで」
このシーンは本作の裏ハイライトだ。まず、指輪を姉経由で返したのは、大野にとってはやはり最後の未練を断ち切る行為だったと思う。少なくとも、彼女の意識的には、そういう行為としてやっただろう。大野は、ハルオのことを小春に託したつもりでいる。姉の手を介したのも、直接会えばまた未練が芽生えてしまうことを知っていたからだろうし。
そして、ハルオはそれをそのまま決別と受け取った。無理もない。ハルオはゲームで大野に勝たなければならなかったと思っていて、それができなかった自分に失望しているし、そんな自分が大野と一緒にいて良いとも思えなくなっている。
だが、二人の胸中は別にある。大野は指輪を捨てることもできた。だが捨てず、指輪をハルオに返した。捨てられなかったのだろう。それは「捨てきれない未練」だったわけだ。
ハルオも、そして恐らくは大野も、気づかないフリをして抑え込んでいたものを、小春が「逆じゃん」と喝破する。それは、大野と同じようにハルオのことが好きで、またハルオの生き方に感化された小春だからこそできたことだった。
ハルオを送り出す小春の姿はまさに漢。ここにまた漢のサブヒロインが誕生してしまった。
夢は終わり未来に向かって時が流れる
小春の檄で目が覚めたハルオは、大野の姉からもらった原付で空港に向かう。既に間に合わない時間であったが、いくつもの偶然が重なり、まるで天から祝福されているかのように、二人は再開を果たし、涙ながらに抱擁する。
そしてハルオから語られるのは、大野への好意、たとえ負けても続けてもいい、ずっと大野のそばで張り合っていきたい、絶対に迎えにいく……
まぁプロポーズですわ!そして、突き返された指輪を、再び大野の手に渡す。
その光景は、まるで1巻の再来。だが、二人はもう何も知らない子供ではない。自分の力も、現実も知っている。二人の約束はもはや夢ではなく、確かな未来である。
1巻の別れのシーンは、燃え上がる太陽が最後の光を放つ瞬間を切り出したような美しさがあった。しかし、この10巻の別れのシーンにはそのような美しさはない。代わりに、時の流れの中で来たるべき未来へと向かう、強い力と意志を感じさせる。
お疲れ様でした
とまぁ、時の止まった浪漫ではなく、未来を、とね、そんな風に、わたしゃー受け取りましたよ。まぁ解釈は人それぞれだろうけどさ。ははは。いやー、まぁ、いずれにしても、感無量ってやつすなー。ほんとにね。俺もオッサンになりました。
ただちょっと俺ん中で引っかかっているのは、ハルオは大野の本当の意思に、自分で気づくべきだったんじゃなかろうか?ということだろうか。まぁ、ハルオが向かった先は思い出の日高商店で、そこに小春がいるのは必然ではあるし、大野とハルオの想いを知る小春が檄を飛ばす、ってのは物語的必然性あるとは思うんだけどさ。
でもなんかこう、ハルオにちゃんと気づいてほしかった感もあるよな。ハルオの自己分析だと、「惚れた女を前にビビッてたんだ…」「見切りをつけられたことに ヒヨッちまったんだ」とのことで、それは初めて恋心を自覚した思春期の少年の心理としてまぁわかるんだが、うーん。
なんかこう、小春が全部持っていった感があるんだよな。どうしても。実際、小春は本作のMVPだと思うわ。日高小春という漢を俺は忘れない。
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