『我らひとしく(あらぶる)ギャルゲヒロイン』感想:ギャルゲーと野郎向けラブコメ漫画

じゅうあみ, 我らひとしくギャルゲヒロイン, 2016

メタネタ満載。我らひとしくギャルゲヒロインに続編として、我らあらぶるギャルゲヒロイン、も出ている。本記事ではその2巻分について記述する。

ギャルゲーのヒロインであることを自覚したヒロインたちが、主人公の魔の手から逃れるべく今日もあの手この手を尽くしつつ、ギャルゲーのお約束を笑うメタネタギャグ漫画。

俺はその手のゲームはあまりやっていないこともあって、笑えるネタは限定的。じゃあ何故買ったという感じだが、ちょっとくらいラブコメ要素あるかなと思った。皆無でしたわ。ははは。

あとはまぁ、野郎向けラブコメは、実質ギャルゲーの漫画版みたいなのもあるから、そこらへんで共通のメタネタでは笑えるかな、と。それは確かにそうだった。特にハーレムラブコメみたいなんは共通点多いとも思う。というか、普段ラブコメ読みながら「なんかギャルゲーみたいだな」と思う漫画もあるのだけれど、どういう漫画がそう感じるのか、ちょっと考えが整理できた気もする。

2巻の後半がほとんどソシャゲの話になってしまったのは時代の趨勢か。今やギャルゲはソシャゲになった。以下感想。

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ギャルゲーってありましたね

「ギャルゲー」という言葉はすっかり死語になってしまったように思うが、まぁつまり恋愛シミュレーションゲームである。で、そんなギャルゲーのヒロインたちが、自分が攻略対象のヒロインであることを自覚し、攻略されまいと奮闘しつつ、ギャルゲーのお約束を笑うメタネタ漫画。特にモデルとなったゲームがある感じではない。

こういうメタネタは「ゲーム」という一つの箱庭世界だからできることで、これが漫画や小説など一つのストーリーが語られるものではちょっと難しいよね。

まぁ俺はあまりギャルゲーというのはやったことがなくて、というか冷静に考えたら18禁ゲー、いわゆるエロゲーはやったことがあるが、ギャルゲーはマジでないわ。まぁ純愛もののエロゲーはギャルゲーに移植されていたりするので、まぁそこらへんギャルゲーカウントしてもよいかなと思う。とはいえ、あまり多くはない。

じゃあなんでこの漫画読んだのかというと、ギャルゲーも漫画も、共有しているところが多いから、まぁ笑えるかなと思ったのだよ。あとちょっとはラブコメ要素もあるかもしんないとか思ったんだけど、それはマジで絶無だった。ちょっと残念。

属性で個人を特定できる闇

さてさて、読んでみると実際笑えるネタは多かったので、いかにラブコメとギャルゲーが影響を与えあっているかわかろうというもの。

まぁなんつってもわかりやすいのは、「属性で個人を特定できる」これ。キャラ名がわからずとも「幼馴染」「義妹」「委員長」で会話が成り立つ闇。

まぁでもこのへんは、漫画の場合は当てはまるパターン少ないかも。たしかに属性は持っているんだけれど、属性名で会話できるかと言うとそうでもないもんな。同じ属性持ちが複数人いたり、逆に属性てんこもり状態だったりすることも珍しくないし。

あー……逆に言うと、属性でキャラ名省略できちゃうような漫画だと、ギャルゲー的だと感じるのかもなぁ。それでうまくやっている漫画もあるけれど(「ねこ末端 – 少年は少女に出会う」の作品とか)、珍しいかもね。だいたいはよくない漫画のパターンかも。主人公の兄弟くらいかね、属性名で呼ばれてもしゃあないのって。

変な人多すぎ問題

まぁギャルゲーに限らないと思うのだが、ギャルゲーは特におかしいかもしれない。一つの教室に巫女さんやらお嬢様やら魔法少女やらがいたりするのは確かにギャルゲーくらいだろう。漫画もおかしいのは多いのだが、世界観を広げやすいこともあって、偏在していない印象。

服装がヤバイ

ギャルゲーとラブコメ漫画の一番のおかしな共通点は、ヒロインの服装かもしれない。服装がヤバいのは、漫画でも多いよねぇ。

制服について「まともな教育機関のものとは思えない」って笑ったわ。そうね。すごい制服採用している学園多いよね 笑。そんでもってスカート丈めっちゃ短いからな。それ歩くだけでパンツ見えるんちゃう、くらいのスカート丈余裕。原作ではそうでもなくてもアニメでは短くなっているパターンも多い気がする。スカート丈と売上は反比例するんだろうか?あとライトノベルのヒロインたちもすごい気がする。そしてそんなゼロスカート丈の風紀委員長が破廉恥と叫ぶ矛盾はまったくそうやね 笑。

そして今なお根強く残るブルマ。このへんはさすがにリアリティなさすぎて萎えるという意見やもはやスパッツのほうが好きという意見もあり、最近はそうでもない感じだけれど、ブルマは漫画界でもだいぶ長いこと残っていたし、今なお男向け色の強い漫画ではまだまだ現役だったりする。逆に言うと、ブルマかスパッツかが、その漫画の方向性を指し示すバロメータにもなっている。

個人的には、良いラブコメは比較的まともな制服、短すぎないスカート丈、体操着はスパッツ、であることが多い気がする。まぁでもこのへんも反例はあって、「『武装少女マキャヴェリズム』1-9巻感想:バトルとラブコメの理想的な連携 – 少年は少女に出会う」あたりはまともじゃない制服、短すぎるスカート丈(しかもそれで超動き回る)、ブルマ採用、だけれども面白かったな。

ラブコメ漫画は関係性が魅力なので

個人的に野郎向けラブコメは大きく分けて2種類あると思っている。端的に言うと、「俺の嫁」を描いたものと「関係」を描いたもの。前者においては、魅力的なヒロインと、その受け皿となる主人公という、ギャルゲーに近い構成になる。一方、後者においては主人公もヒロインと同じく重要であり、そして主人公・ヒロインの単体の魅力よりも、主人公とヒロインの唯一無二のカップル感が求められる。

世の中0と1ではないので、どの漫画も俺の嫁的要素もあれば関係的要素もあるのだが、どちら寄りかはだいたいわかるもんだ。

ただまぁ、最近の野郎向けラブコメ漫画は、全体的に「関係」寄りになってきているなぁと感じている。最初のほうでは「俺の嫁」寄りでも、連載が続くにしたがって「関係」寄りになっていく漫画もあるし。服装などにギャルゲー的な文化を残しつつも、方向性としては少しずつ変わってきているのではなかろうか

ギャルゲーはソシャゲとして

ギャルゲー自体はすっかり廃れてしまったが、今はソーシャルゲームとして残っている印象だ。この漫画で、後半がほとんどソシャゲの話で埋まっていたのは時代の趨勢だろう。透明化された主人公、たくさんの属性分けされたヒロイン、やけに性的な服装、好感度、などなど、ギャルゲー文化を純粋に受け継いでいる。昔ギャルゲーをやっていたような、金払いの良いオッサンがターゲットなんやろうしね。

でもそんなソシャゲもそろそろ限界が見えているような気がするんだけれど、どうなるんかねぇ。まぁでも代替があるわけでもないから、根強く続くのかもしれんね。

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