一度書かなくなると復帰するのが難しいんだ

3-4月の更新頻度はめちゃくちゃ低かった、というか平然と一ヶ月くらい音沙汰なく、音沙汰なくなるちょっと前に書いた雑記事「ラブコメを楽しめるのは最高の贅沢にして愉悦」では"しんどいとラブコメ読めない"的なことを性懲りもなく書いていたことから、もしかするとうちのブログを読んでくれている人には「コイツまたなんか凹んでのかこの豆腐メンタル」とか思われていたかもしれないのだが、今回はそういうわけではなく、単に資格取得の試験勉強のために休んでいただけだった。そして一度休むと、なんかまた書こうとしても書けなくなっていた。感想書くってむつかしい。

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俺も社会の構成員なので

最近はまたちょっと頑張って更新しているのだが、これもまた一度糸が切れればたやすく更新が止まってしまう。いやまぁ、別に誰になにか言われてサイトを作っているわけではないんだけれど、俺はこの何の意味もないクソくだらないサイトをもう数年続けているということをちょっと自慢に思っているので、できるだけちゃんと続けたいと思っていたりする。

なんだけれどまぁ、俺も平生は社会の構成員として日々仕事に励んでいるわけで、今の仕事の残業時間は決して多くはないものの、やはり仕事が終われば20時くらいにはなってしまう。すると、ご飯の支度をして家事をして、なんてやっていると時間が過ぎていくし、また俺は開発が趣味みたいなところがあるので、結局仕事が終わってからも勉強したりなにか作ってたいたりなどしていると、まぁそれだけで一日が終わってしまうわけだ。

実際のところ、こんなわけのわからんサイトのコンテンツを更新するくらいなら、何かしらなにか作って技術的な情報共有でもしたほうが、社会的な役には立つのかもしれない。のだが、そもそもこのサイトはそういう「役に立つ」とかそんなのとは無縁であることを目指して作られた。

役に立たないという美徳

役に立たないってのは素晴らしいことだと思うし、みんなもっと役に立たないことをガンガンするべきで、国民一人ひとりがそういうしょうもないことに打ち込める時間を増やすことが、国を豊かにする、ということだと思う。別に、GDPの世界ランキングなんかどうでもいいよ。底辺でも、それで楽しく過ごせるなら何の問題もない。べつにGDPのために生きているわけじゃなし。

なんだけれど、現実というのはシビアで、まず金がなくてはどうにもならない。だから仕事をして誰かの役に立つ必要がある(本当に役に立っているのか、は甚だ疑問だし、そもそも役に立っているから金がもらえる、というわけではないのだけれど、まぁそれは今はいいよ)。

そもそも「役に立たないことをする」という価値観を持たない、あるいは持てない人もすごく多い。というか、俺自身も人のことを言えたものではなくて、ゲームをしていると、「いいのか…?俺はこんなことをしていていいのか…?」となにか責められているような気分になって全然楽しめなくなってしまったし、上では開発が趣味なんて嘯いたが、それさえも仕事に繋がるようなことでないとなかなか身が入らなくなっている。大学時代はもっと、気になるからやってみる、みたいな気概があったのだが。なんだろうなぁ。

続けるという美徳

そんな今の自分が浅ましい存在に思えてならず、なにか無駄なことはないかと思って始めたのがこのブログだったりする。そんなわけで、このクソサイトの更新は、案外俺の心の支えになっているわけだ。なんで続けられているのか、自分でも不思議だ。きっと、なにかを書くこと自体が好きなんだろうなぁ、俺。

なんだが、特に推敲など真面目にやっているわけでもなく、思いついたことを徒然に書いているだけであったとしても、やはり書き物というのはそれなりにエネルギーを消費するものらしい。ちょっとサボるとたちまち更新が滞ってしまう。

まぁ、書き物に限らず、なんでもそうなのかもしれない。続けるコツの一つはできるだけやめないことだな。そしてもう一つは、たとえやめてしまっても、しれっと何事もなかったかのように、またやり始めることだ。

ということで、しれっとまた書き始めている。またすぐに更新が止まるかもしれないが、そうなってもまたしれっと再開するだろう。けっこうすごいことなんだよこれ。

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