『デスノート』感想:松田はなぜ月が好きだったのか

眠れなかったらなんとなくデスノート再読していたんだけれど、いつ読んでも面白い漫画だし、そして読む度に感じることが違う、こんな漫画はなかなかない。十代の頃リアルタイムで読んでいた時には、相沢とかあんまり好きじゃなかったけれど、三十代になるとむしろ一番共感してしまうくらいだから不思議だ。

まぁでも今回はなんと松田の話です。傍から見ると、夜神月に利用された人間の一人、松田。そして利用されていたことを知った後も、それでもなお月のことを考えずにはいられない、そんな松田の馬鹿について。

あ、大丈夫だと思うけど、この下はネタバレしかないので。

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松田の馬鹿が最後にやったぜ

まぁさすがに一通りわかっているからあちこち飛ばし読みで、最後のハイライトであるところの夜神月の無様な姿を見て、なんとも言えない心地で読み終わるわけだ。最終話について言えば、読者の感情にもっとも近い、というより代弁的な役割をしているのが、作中ではアホの子として大活躍し、「松田の馬鹿」の名言をLをして吐かせた松田だろう。

何かとバカにされる松田だが、最後の最後、夜神月の起死回生の策を潰したのは松田だった。デスノートの切れ端にニアの名前を書こうとした月を撃ったのだ。まぁあそこで松田が撃たなくてもなんとかなったとは考えづらいのだが、実際まぁ、ニアが死にさえすれば月は本当にどうにかしてしまう可能性も無きにしもあらずだし、夜神月の敗北を決定的なものとしたのは、松田だった、は言い過ぎかもしれないけど最後に松田の馬鹿はやったぜ。

やってやったけど後味悪いぜ

松田はキラだと自白した末開き直る夜神月が許せなかった。だから激昂し、銃を撃ち放ったわけだが、その後月の無様な死に際を目の当たりにした時には動揺し哀れんでいる。また月の死後は、キラ、つまり夜神月の思想、やったことをどうしても否定しきれない複雑な心境を吐露してもいる。直接ではないせよ月に引導を渡したニアについては快く思っておらず、彼らしくもなく、独自にあの対決の真相を推理までしていた。まぁそれは、井出に言わせれば願望とでも言うべきものなのだが、松田にとって自身の命を救われたにも関わらず、あの対決には何か釈然としないものを感じているわけだ。

これは単に、キラのやったことを否定しきれないからとか、そういう問題ではない。まぁ確かに、元々、松田はキラの思想に対しても心のどこかで共感していることを吐露していたし、また夜神月も松田をキラの支持者と見做していたところがあった。というより、実のところキラであり、キラの支持者を一人でも増やそうとしている夜神月は、マインドコントロールとまでは言わないまでも、それとなく松田の思想の方向に影響を与えていたのかもしれない。

松田は月が好きだった

だがそういう話ではなく、松田がキラのことを割り切れないのは、単に、月のことが好きだったからだろう。井出が指摘するとおりだ。

夜神月はキラであり、史上最悪の大量殺人鬼で、直接ではないにせよ父親が死んだのもそのためだったと言って差し支えない。松田のことも利用していた。それでも、松田は心情としてなお月のことを考えずにはいられない。

松田にとって、キラとは関係なく、月はかけがえのない友人だったのだろうと思う。

警察にもコネで入った松田は、仕事の面ではパッとしなかったのだろう、Lの捜査班に入ってからもよく「自分は何をすれば…」とあまり仕事ができていなかった。その挙げ句が「松田の馬鹿」である。

そんな中で、ヨツバ編などでは月は松田にも自分の仕事を積極的に手伝ってもらっていたようだ。ヨツバグループが怪しいということを月が割り出した時、「自分もすごく手伝った」と嬉しそうにしつこくアピールする松田の姿があるが、実際非常に嬉しかったんだというのは想像に易い。わかるよ。

難しいことではないが、ここにいて信頼できる誰かにやってもらいたい仕事、というものが世の中にはたくさんある。月はうまく、そういう仕事を松田に割り振っていたんだね。いかに才気煥発とはいえ、学生でありダントツの最年少である月にとっても、歳が近くノリのよい松田は仕事を頼みやすく、また心理的にも近しいものがあったに違いない。

特にヨツバグループ編の月は、デスノートの記憶がない本来の月の姿だったから、少なくともその時の月は、松田のことを利用しようとしたのではなく、純粋に頼っていたわけだ。そういう体験がベースにあるから、松田は月と一緒に仕事をすることが、本当に楽しかったのだろうな。

松田が激昂したのは、月がキラだったことそのものというより、そういう月との関係が嘘っぱちであったことに対する怒りだったのだと、そう思う。

だがそれでも、すべてが嘘だったとは思わないし、思いたくない。実際、前述したようにデスノートの記憶がない頃の月とも一緒にいたわけだから、まったく全部が作り物ってわけでもなかった。

松田が最後、どうしても否定しきれないのは、キラの思想というのではなく、尊敬すべき仕事仲間であり、また友人でもあった月との思い出なのだろうし、夜神月という人間だったのだろう。そしてそれは、最初からずっと読み続けてきた、読者である僕の気持ちでもあったのだ。

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