『勇者パーティーを追放されたビーストテイマー、最強種の猫耳少女と出会う(漫画)』1巻感想:認められるべき人が認められるという浪漫

原作 深山鈴, 漫画 茂村モト, 勇者パーティーを追放されたビーストテイマー、最強種の猫耳少女で出会う 1

長いわ!というブログ泣かせのクソ長タイトルから当然察せられるように、なろう系コミカライズである。ガンガンコミックスなんだが、なろう系拾ってくること多いな?まぁ、内容的に多分30代に刺さるんだよねこれ……。

最近の流行は追放なんだろうか。能力はあるのに不遇な環境で認められず……というパターンが散見される。可哀想。でも不愉快なのは一話の冒頭だけで、そっから先は快進撃という感じでストレス性はない。主人公がドチャクソ優しい性格なので、負の感情もあまり溜まらない。

ビジュアル的に間の抜けた猫耳少女が最強なのは意味があるのか、単なる趣味か。多分趣味。

以下1巻感想。

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能力主義の文脈

昨今のなろう系は能力主義的価値観を下敷きにしたものが多い、という指摘があるが、本作なんかはまさにといったところだろう。ただし、「能力があるのに認められない」という不遇のパターン

これは現実世界でもよくある、というか能力を評価するってめちゃくちゃ難しいことで、ほとんど適正になされていないのが現実である。

ブラック企業でお荷物扱いされていた人が、転職を機にその実力を発揮する、なんてのは現実世界でこそよくある話。まぁその逆もあるんだが。学校でもどこでも、周りがクソで良い人がゴミ扱いされた、なんて普通にある話。

ただ本作の場合、主人公は元の勇者パーティーでもガンガン良い働きをしていたようだ。が、勇者パーティーのメンツが揃いも揃って阿呆過ぎて、「戦闘」という直接的に目に見える働きしか評価できず、素晴らしいサポートをしていた主人公を評価できなかった、という話。

まぁこのへんも現実ではよくあることではあるな。売上や開発の成果物などわかりやすいものばかりが評価され、チームの不和を解消するとか、カスタマーの信頼を得るとか、トラブルが起きないように抜かりなく管理するとか、そういう不可視スキルが評価されない、とかな。

少し粗は感じるものの

しかし、主人公のスキルはサポートスキルとしてはかなりわかりやすいものと思われ、また「ビーストテイマーが一度に使役できるのは通常一体」という世界的な制約まであるのに、勇者パーティーが一切それを評価しないのは、いくらなんでも勇者パーティー馬鹿過ぎない?という感じはする。

敵がゴミ過ぎると興ざめしてしまう、というのは俺TUEEEE系の難しいところだと思うが、その点本作はちょっと足りないところがあるなぁと感じる。

ただ、評価されるべき人が評価される、という浪漫は心地よいものなので、多少の粗には目を瞑れば、気分良く読み進められる作品でもある。

正直漫画版の2巻をポチることはないと思うのだが、原作のなろう小説はちょっと読もうかなぁと思ったりした。読むかも。

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