『それでも歩は寄せてくる』2巻感想:”先輩”が”可愛い”ということ

山本崇一朗, それでも歩は寄せてくる 2, 2019

うーんこれは良いラブコメ。歩が先輩に無自覚な告白を続けるテンプレートがひたすら続くのだが、テンプレートとは本来有用なものとして用いられていることを思い出させてくれる。しかしテンプレートを使いこなせる人は存外少ない。

ありふれたやりとりなのになにか美しさのようなものを感じてしまうのは、俺が歳を取ったからなのだろうか。嘆息してしまうわ。なんとなく、昔ながらの先輩・後輩的な価値観の中に、現代的なものも感じる。

登場人物も増えて多少賑やかになった……のだろうか?複数カップリングの構成か。以下2巻感想。

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ええ仕事や……

作者さんは本当にええ仕事しはるなぁ……。まぁ読んでいる時はもちろんニヤニヤしていて俺キモいんだけど、半分くらい読んだところでふと嘆息してしまったわ。理想的な関係だよなぁ。

いやまぁ、歩が「先輩可愛い」「可愛すぎる」とまくしたててうるしが恥ずかしがって慌てる以上それだけという話が続くだけなのだが。それがなんでか面白く、楽しい。。。

昭和的価値観の中で

これ多分、うるしと歩が先輩・後輩という間柄だからこそのものだなぁと思う。先輩・後輩という昭和的価値観の中で、その枠に収まらない現代的恋愛観がある。歩が先輩に対して事あるごとに使う「可愛い」という表現に、二人の関係が凝縮されていると思う。

昔、職場の還暦のオッチャンが、「可愛い」とは本来目下のものに使う言葉なのだ、と言っていた。まぁ言われてみればたしかにそういうニュアンスはあるかもしれないのだが、最近はもうあまり気にされなくなったのではないか、と思うのは俺が上下関係に疎い人間だからというだけでもないだろう。とはいえ、どうも日本語というのは本来的に上下関係を内在した言語であるらしいことや、言葉の本質がほんの50年ばかりでそう変わるものでもないだろうなどと考えると、下とは言わずとも、どこか相手を慈しむような、そういう気持ちの発露として出てくる表現ではあるかもしれない、とも思う。

実際、歩は確かにうるしのことをなにか小動物を愛でるような気持ちがあったり、庇護欲のようなものを感じていたりするのはそうだろう。ただ一方で、先輩としての尊敬も持ち合わせている。どんな時でも敬語を忘れない。

うるしはうるしで、歩から先輩として尊敬されたいという気持ちがあって、歩に勝てると思えばちょっと暴走気味に自分を誇示することもある。一方で、可愛いと言われることも満更ではない。

後輩が先輩に対して「可愛い」と連呼するのは、恐らくその価値観からいくと本来アウトだろう。将棋が上達したことを「嬉しいよ」と笑顔になるうるしに対して、歩が「可愛すぎて」告白しそうになるのは、倒錯的ですらある。二人の関係が、昭和的価値観の枠組みを超える。

昔ながらの価値観と、すべてを超越する現代的恋愛観が混ざり合って、美しいところだけが際立っているようだ。嘆息するしかない。同級生同士の高木さんよりも自分はこっちのが好きかもしれない。

3巻もこんな感じで進むのだろうか。なんかもう永遠に続けられそう。。。

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