101日目の火葬を静かに眺めている

タイトルを見ればわかると思うが、まぁ例のワニの件である。ラブコメを読んでいないが、なんとなくブログを更新したい気分なので、時事ネタでも書いてみる。

知らない人はいないと思うが、もしいてもとても説明する気力はないし、というかそもそもそんなに詳しくないので、100日目に死ぬワニとかそんなんで検索したらいいはずだ。恐らくクソみたいなまとめサイトばかり出るとおもうが、まぁ知りたいことくらいはわかるんじゃないかな。検索したことないからしらんけど。

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時流に乗れないし輪に入れない

さて、こんなタイトルをつけるくらいだから、俺自身は例のワニには特に愛着がないというか、正直読んでいない。10年前の漫画を平然と昨日出た漫画であるかのように感想を書く俺が、時流に乗れるわけないのである。

そもそも、俺は人の輪にうまく入れない人間だ。ワニは一種のソーシャルコンテンツであり、真の内向的人間はその輪の中にすら入れない(入る気もない)。

俺の学生時代に、同じようなものとして電車男があった。もう15年ばかり前だろうか。匿名掲示板・2ちゃんねる発のメディア化されたコンテンツである。あの時も、俺は2ちゃんねるに入り浸っていたにも関わらず、電車男については関心が無く距離を置いていた。今でも電車男がなんだったのかよくわかっていないし、どうなったのかも知らない。知る気もない。

さらにその昔、30年ほど前になると思うが、インターネットが市井に渡っていない時代にも同じようなものはあった。"一杯のかけそば"とは、今でもそのフレーズだけはどこかで一度は聞いたことがあるだろう。物心もついていない頃の話だが、たとえその時大人だったとしても、俺はやはりふぅんと無関心に眺めるばかりだったろうと思う。

いずれも媒体こそ違えど、その本質は共感の拡散であり、読者参加型の共感コンテンツである。通底する価値観は同じだ。そして、どのような形であれ、俺はその共感の輪に入れないのである。

炎上も一興

そのことを残念だとは思わない。楽しんでいる人がいるのはわかるが、特にどうとも思わない。それは多分、酒嫌いの人が酒好きの人を「何がいいのやら」と冷めた目で見るのに似ているかもしれない。俺は酒好きだが。

まぁ例のワニはだいぶ炎上しているようで、マーケターなど別クラスターの人たちも巻き込んで最後の花火を上げているようだが、それさえも後には二日酔いから冷めたように、懐かしく語られるのではなかろうか。そして人はまた酔いに走る。

そう考えると、今は0日目で遺産相続の話を始める遺族とか101日目に炎上するワニとか散々な言われようをしているが、やはり商業的にはあのタイミングがベストだったのだろうと思う。まぁ、あれはそういうコンテンツだろう。

あの輪の中に入れない自分の気質を残念だとは思わないが、少し寂しくも感じるし、一方でまぁそれが俺だよなと思う気持ちもある。

まぁどうでもいいことだな、などと思いつつ、Twitterのタイムラインを眺めながら酒を飲む一人の夜、この静けさにももう慣れてしまった。そろそろまたラブコメでも読もうかね。

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