『スピリットサークル』6巻(最終巻)感想:考えうる最大規模の壮大な魂の純愛物語に鳥肌

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壮大な輪廻を巡るラブコメの永久機関スピリットサークル最終巻。惑星のさみだれよりさらにラブコメ分を大凝縮した本作。互いに殺し合う輪廻で繋がれたフータとコーコの最終決戦、究極の光源氏…いやプラトニックラブ完結。読んだ後、人に教えたくなる漫画やね。

以下ネタバレ感想ー。

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数千年越しのファーストキス

色々思うことはあるんだけれど、最後のキスは本当にときめいたので、すみません、ありがとうございました。人生を幾度となく繰り返した末のファーストキスってどんだけだよ。いやフータはあれだけど、少なくともコーコはファーストキスだろう多分。なにげにラブコメの禁忌の一つ、ヒロインの純潔は保たれていたしね、この漫画(くノ一さえお色気に頼らない武闘派っぽかったw)。

輪廻で磨き上げられた末の壮大な純愛。フルトゥナとコーコの関係から、よくぞここまで。複数の魂を経て、それぞれが別でありながら、しかし同じでもある、そういう世界観だからこそできた、考えうる最大・最長規模のプラトニックラブじゃなかろうか。これは一神教にはできんなぁ。日本が多神教でよかった。おかげでこんないーもん見れた。鳥肌たったよ本当に。

転生の度に、フータ(フルトゥナ)とコーコの関係が少しずつ近くなっていっていくのがいいな。恋人の仇(フォン、ストナ)→殺し、フータの呪い、色恋無し(ヴァン、薬草師)→色恋無し、間接的死因(フロウ、ロカ)→限りなく夫婦(方太朗、岩菜)→夫婦、ただしレス(ラファル、ラピス)→男女逆転

まったく恋愛とは程遠い、むしろ逆の状態から始まり(この過去にはコーコも引け目があるのか、フォン・ストナから思い出すのを卑怯者呼ばわりしたけど、順番通りなんだよね)、方太朗と岩菜の時点で、既に実質的にはほぼ夫婦みたいになっている(これもしれっと、決着には次の生までかかっている)。ラファルとラピスは、どうも肉体的な関係は結んでいなさそうだが、精神的には互いに愛情を持っていたと考えて間違いない。なにより、正式な夫婦である。次の男女逆転は……ぼかされているが……でも多分結ばれたんだろうなぁとは思うものの、ここはちょっと特殊なので……。

方太朗・岩菜の時点で、精神的には既に結びついていたのだろうが、フルトゥナとコーコの因縁は残っていた。それを解消し、完全に解決したのが風太と鉱子、ということになろう。なんって壮大なんだ。フルトゥナ・コーコの関係を考えると究極の光源氏って感じがしなくもないがそれは置いとこう。

しかも、ここまできて、まだ確定じゃないという。コーコは衝撃的なキスの後、ノノにフータを預け、今生ではおバカなフータにまさかのラブひな宣言あるいは東京大学物語宣言をして去っていく。そう、未来は、わからない。

なにげにノノもな、死ぬときに居合わせた他人から、知り合いになり、娘的存在になり、さらに養子になり、ついには同級生として恋人候補にまで昇格しているので、運命がどうなるかはわからんよな。イーストとルンのことがあるから、いずれどこかでフータとコーコは結ばれるだろうけれど、それがどの世界でかはわからんよ、と。

……とはいえ、まず間違いなく、二人にはこの先陳腐(で素敵)なロマンスが待っていると思うけど。ノノには悪いが。ただそれを確とせず、色々な未来が考えられる、この先は誰にもわからないし、まだまだ続くんだぜ、ってのは……小憎らしい終わり方やのー。

詰め込んだからこそたどり着いた境地

ところで、「生まれ変わっても一緒だよ」とはラブロマンスの辿り着く究極の一つかもしれないが、実際のところその先に何があるのだろう?とはまったく思わなくもない。浪漫は理屈を超えたところにあるとはいえ、よくよく考えてみるとそれは本当にいいもんなんだろうか。ラブコメ好きにとって、輪廻は割と身近なテーマである。身近だが、深淵で、深みにはまりやすいテーマだとも思う(深みにはまったのが高木ユーナの『不死身ラヴァーズ』じゃなかろーか)。

作者・水上悟志は後書きで「詰め込みすぎた」と書いているけれど、詰め込んだからこそ、深みにはまらず、物語が決着したのかもしれん。フータとコーコだけじゃなくて、イーストがいたから、ルンがいたから、同一でありながら、別人格でもあるフルトゥナ・コーコがいたから、堂々巡りにならずに済んだ。彼らが固定された基準点だった。

同じく輪廻を共にする仲間がいたから、フータとコーコのそれぞれの生にそれぞれの人格・人生があったから、視点が複数になり、多角的に見ることができて、世界は広がり、全貌を捉えやすくなった。本当に二人だけだと、壮大な世界観なのにやけに窮屈で、しかも視点が少ないから目の前のことしかわからずわけわからん!ってなったと思う。

それでも、「二人だけの世界」よりマシとはいえ、同じ顔ぶればかりが登場するので、閉塞感はあった。ただ、その閉塞感は物語の舞台にも作用しており、最初の生贄の話、魔女狩りの話などは、閉鎖空間の生み出す日本的な(そして中世には大陸にもあったとされる)独特の「空気」にも繋がる。空気が人の生死にさえ繋がっていた時代。その生死は、死生観、復讐、許しなどそれぞれ語り尽くせないビッグテーマに繋がる。ラブコメの理想世界的な要素と、他の要素が絡み合う。様々なテーマが入り混じるのは、物語に深みと広がりをもたせたと思う。

こんだけあっちこっち手を出せば、本来すっちゃかめっちゃかになってまとまらなそうなものだが、そこをラブに落とし込んで最終決着。力技。すごい。積み重ねられた人生を経た最後のキスが良すぎて、もうこれが最高だと、そう思うしかない。永遠も輪廻も過去も知らん、ただ今の一瞬が美しい。そして感じるのはまだ見ぬ未来。もっとよく生きようと、そう思える作品だったよ。

ところでいろんな人生があるけれど、個人的にはスフィンクスじいさんの人生が一番味わい深くて好きでした。合掌。

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