『少女不十分(漫画)』1巻感想:不十分な少女の妖しい魅力

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原作・西尾維新。漫画・はっとりみつる。2016年1巻。著名な漫画家によるコミカライズということになるが、非常に原作に近いつくり。紙面を埋め尽くすモノローグに苦労の跡が滲み出ている。とはいえ漫画として十分面白いのは流石である…コミカライズ作品ってアレなのがたいていだから…。

ストーリーは、大学生の男子が小学生の少女に監禁される話。その設定に何か艶めかしさを感じるのは多分気の所為じゃないだろう。この組み合わせでなければ成立しない物語であることは確かだ。

監禁といっても非常に不完全なものだから、それは決して物語の本質ではない。その本質はやはり表題である「少女不十分」にあるのだろうと思う。

以下1巻感想。

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「監禁」という強烈な設定が目を引くが…

ストーリーを一言で言うと、「頭のおかしな子ども」である小学生の少女・Uの自宅に、主人公の大学生男子が監禁されるというもの。この設定を聞くだけで、艶めかしい何かを感じてしまうのは仕方ない。

監禁とはいっても、ケータイのある時代で、しかもそれを没収されずにいるというお粗末なものだから、監禁と呼んでよいかどうかもわからない。主人公のいう「子供の浅知恵」という表現がもっともしっくりくる。たとえケータイがなくとも、どうとでもできたであろうことは想像に易い。

もしこれを監禁と呼ぶのであれば、それは最初から失敗している。だからこの物語は決して監禁された人間がいかにして脱出するかという話ではない。もちろん最後には脱出してくれないと困るが、いつでも脱出できる状況である以上、その方法は本質ではないだろう。

問題は、何故主人公は脱出できるにも関わらず脱出しなかったのか、また脱出するとすれば、何故脱出すると決めたのか。その過程に物語がある。

「少女」不十分

何故脱出しないのか。小学生に監禁されたことが公表されるのが気恥ずかしいとか、子供の誤ちを大事にしたくないとか色々とあるし、それらも理由の一端には違いなかろうが、それよりなにより、主人公が少女・Uに興味と、なにかシンパシーのようなものを感じたからだろう。主人公は、「頭がおかしい」と表現する少女に対し、自分を重ね合わせている。

友だちが車にひかれても、駆けつける前に冷静にやっていたゲームのセーブを優先し、それを見られたからといって、主人公の家を突き止め、メチャクチャな手段で鍵を手に入れたあげく、彫刻刀でいきなり主人公の脚に傷を負わせた少女は、初めて会った時に「はじめまして」と言い、ご飯を食べる時に「いただきます」を言わないと激昂する。

この不自然な礼儀正しさは異様であり、少女もまたそれがおかしいことを、どこか自覚しているようだ。だからこそ、自分の本質を見られたと思った少女は、主人公を監禁するという突拍子もない手段に出たわけで。

事前の鍵の入手、自宅の確認など、不気味なほど用意周到でありながら、ケータイはもたせたまま、さらには大人の男一人、本気を出せばどうにでもなりそうな物置部屋に放置という、どこまでも子供らしい稚拙さ。

このアンバランスさに妖しい魅力を感じられるのは、やはり彼女が「少女」だからなのだろう。多分、「少年」ではいけない。少年Uではいけないのだ。そして彼女に監禁されるのは、大人の男、ただし大人過ぎない、つまり青年期の男でなくてはならない。だからこそ、監禁という特殊なシチュエーションでもどこか安心して見ていられるし、なんといってもいわゆる男女だ。そこにはインモラルな色気が生じる。

別に直接色っぽい話があるわけではないのだけれど、なんとも刺激のある話だ。2,3巻と出ているようなので、折を見て続きを読みたいが……まだ手に入れていない。1巻が前に無料化されていたので、読んだのだ。そのうちに買いたいところだが……中古で安く手に入れば……。

コミカライズとして

ところで、本作のコミカライズははっとりみつるである。さんかれあなど有名作を持つ著名な漫画家であるが……コミカライズ自体は原作に忠実と思った。紙面を埋め尽くすモノローグに、苦労の跡が見て取れる。クドくなりすぎないように抑えられてはいるものの、たとえ何も知らなくても「この漫画は原作があるか、あるいは原作付きなんだろうなー」ということが分かる程度の多さではある。

文字と絵では得意とする表現分野が異なり、特に抽象的な思考などは文字がもっとも得意とし、逆に絵で表現するのがもっとも難しいところであろうから、小説を真っ当にコミカライズした作品は、どうしても文字数が多くなるのは仕方ないのだろう。

一方、情景描写は漫画の面目躍如といったところで、特にちょっとしたディテールの具体化は、コミカライズの嬉しいところのひとつだ。たとえば原作では「ゲーム機」としか表現されなかったものが、漫画で在りし日のゲームボーイそのものの形をしていると、それだけで時代背景がハッキリわかるというものであるし、なんといっても感じられるリアリティが違う(特に自分の世代ではね!)。小説でわざわざ「ゲームボーイ」なんて商標を使う意味はないので、絵で表現する漫画ならではといえよう。ビニル袋に入ったぐちゃぐちゃの焼きそばの悲惨さなんてのも、絵で一発描いてもらったほうがわかりやすいのは確か。あと主人公のビジュアル付きがちょっと嬉しかったりする。想像しやすいよね。

漫画家による新たな解釈があるわけではないが、小説の見どころを絵で見て楽しめる、王道のコミカライズじゃなかろうか。というかコミカライズといえば残念作品であることがほとんどである中、普通に漫画として面白いというだけで流石という他ない

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