『南Q阿伝』3,4巻感想:十二単とセーラー服で日本の歴史の長さを知れ!

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作・光永康則。怪物王女の南久阿のスピンオフ。怪物王女で南久阿が出る話のまとめなどおまけ欄も充実。

1,2巻においては怪物王女の南久阿編ばかりを取り出した印象だったけれど、3,4巻に来ていよいよ時間を超えた日本防衛戦争の側面が強まり、怪物王女のごった煮感とは違う趣を感じられた。太郎がピンで表紙にたてるところも、やはり怪物王女とは違う(2巻で表紙になってほしかったところである)。

ここにきて、単なる怪物王女のスピンオフではなくなったなと思う。怪物王女でも比較的出番の多かった南久阿の話を、作者がわざわざ別シリーズとして展開したのも、怪物王女で描けない話を描きたかったからなのだろう。以下3,4巻感想。

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南久阿が素敵

この漫画の魅力といえば、なんといってもまずはJC神南久阿で、しかも怪物王女よりもサービス精神が旺盛であり、パンツ見せてくれるし水着サービスもあるしふんどし履いてくれるし南久阿様マジ民の心掌握してる。

だが一番美しいのは、その凄まじい本性を顕現したときだろう↓。

光永康則, 南Q阿伝, 第3巻

南久阿様可愛いそしてカッコいい。隣の太郎と銀子も実にいい味出している。

また、「ここは日本だ お前たちの好きにはさせない」このような言葉が吐かれるところに、南Q阿伝の怪物王女とは違う独自の進化を見る。この物語においては、「日本」という国自体がとても重要な意味をもっており、硫黄島をモデルにした話も出てくるなど、愛郷心を刺激する話が多く、これは怪物王女では決して描かれないものだ。

神話や民話というのは非常に土着なものである。各国の建国を辿れば、最終的に神話に行き着く。日本の神であるところにアイデンティティを持つ南久阿をフィーチャーした時、日本人であることを強く意識させるような話になるのは必然かもしれない。

十二単を脱がさないで

神話の代から続くとあって、壮大な時間スケールの話が多いのも特徴だろう。怪物王女にも時間ループやタイムパラドックスのネタはあったけれど、南Q阿伝ではスケールが違う。普通に平安時代と現代をいったりきたりするのだ。

南久阿が十二単を脱いでセーラー服になる演出は、南久阿の愛らしさを存分に活かしながら、過去と現在を一瞬にして繋ぐ見事なものだった↓。

光永康則, 南Q阿伝, 第4巻

南久阿様の可愛さ、悠久の時間、南久阿様の可愛さ、我が国の歴史、南久阿様の可愛さ、国防の戦い、南久阿様の可愛さ…怪物王女では描かれない、あるいは描ききれなかった色々なものが、この一コマにはある。ここにきて南Q阿伝は、もはや怪物王女の一キャラをスピンオフしたものではなく、新たなテーマを持った独自の物語なのだと、鈍い俺にもようやくわかったよ。

それにしても南久阿様、平安時代は十二単を着て、現代はセーラー服を身に纏うとは……この神、民の心を分かり過ぎている。愛されガール 笑。

ヒロイン枠はやはり銀子で

可愛くカッコいい南久阿様ではあるけれど、本当に真っ当に神様しているものだから、時折太郎に押し倒されたりなどしつつも、恋愛的ヒロインという感じはしない。というか違うだろう。太郎とのラブコメ担当は別にいる。

担任教師は作者の趣味だろうとして、太郎とのフラグこそ祝詞に立っているが、太郎と祝詞はいまのところどうこうすることはないというか、ほぼ一方的に祝詞が意識しているだけなので、ラブコメ的に微妙である。まだ中盤なのでこの後どうなるかわからないものの、ヒロイン枠的にはやはり銀子がおいしい。一晩中看病したりなど、実に小憎い描写である↓。

光永康則, 南Q阿伝, 第4巻

あの銀子が、と思うと……こういうのがラブコメ脳には嬉しい。ベッドは祝詞のベッドだけどな。今後どうなるかね?カコとニセ探偵のごとく、特に結論出さないような気もするが。個人的には断然銀子

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