『ダンまち(漫画)』7巻感想:ヴェルフとタケミカヅチのビジュアルが見られて満足

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古き良きJRPGの雰囲気を堪能できる、ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか、通称ダンまちのコミカライズ7巻。タケミカヅチとヴェルフのビジュアルが見られて満足。

これ本当に丁寧でいいコミカライズやね。原作に忠実かつ丁寧で、コミカライズは本来こうあるべきだよなぁと思わせる。忠実過ぎて逆に面白みがないとは言えるかもしれないけれど、いやでもコミカライズのオリジナリティは諸刃の剣だしね。

あとはタイトルさえ変われば完璧 笑

以下7巻感想。

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タケミカヅチなかなか優男

本巻の内容は、命名式からヴェルフとの邂逅、パーティー編成からのダンジョン。色々あったけれど、内容自体は原作を読めばわかっているところであるし、コミカライズの見どころはなんといってもビジュアルやね。タケミカヅチのお姿が拝見できてよかったわ。

いやー、なんだか、タケミカヅチはもっと益荒男な感じを想像していた。どちらかというと縄文系な感じで。なんとなく。口調がけっこう固いやん。性格も剽軽なところあれど基本は硬派だし、しゃちほこばっているような印象があった。イケメン優男の完全なる弥生人だったのだなぁ。ちょっと意外だけれど、こっちのがいいね。命との関係もあるし、この見た目のほうが合うわ。

それにしても命名式はやっぱり胸糞悪い 笑

ここは笑うところなんだろうし、面白いは面白いけれど、日本というか人間社会の嫌なところを結集させた感じがあって複雑。そしてそれをありがたがるこどもたちの救えなさよ。

この作品は、そういう現実世界の感覚をうまいことダンジョンに落とし込んでいるところが、共感性があって面白いんよな。ベルとヘスティアから始まり、リリが来て、ヴェルフが来て、少しずつパーティーが大きくなっていく感じは、まるで現実のスタートアップのようでわくわくする。ランクアップは、現実社会で言えば、人々に認められることによって、信頼性が出来て、仕事が一気にしやすくなる感じだろうか。権威のある賞の受賞がよくマッチするかな。

現実でも、「経験値」や「能力」が数値化され、「スキル」みたいにハッキリとしたものがあれば、人々のモチベーションは今とは段違いになるのは間違いない。それを取り入れようとしたのが、いわゆるゲーミフィケーションなんだろう。一時期やたらとよく聞いたけど、最近はあまり聞かないな。いっときの流行りだったのか、それとも一部では定着しているのか。

現実的には、数値化できるほど人々の「仕事」も「能力」も単純ではないという問題がある。それに、名前がついていないだけで、数値化の試みはずっと前からされていた。いわゆる「試験」制度がそれだ。また、資格は「スキル」の証明である。それらがうまく機能しているとは言い難い現状が、数値化の難しさを物語っている。俺も今、自分が何階にいるのか教えてほしいよ……潜ってもないってか!

ダンジョンにもぐると出会いがない

閑話休題。

いよいよパーティーを組んで、上層から中層へとベルたちは進む。今回の出会いはヴェルフと燃え担当であり、その後はダンジョンにもぐるから、ヒロインズはリリ以外割とおやすみ。扉絵で意味もなく肌色を晒すのみである。

ダンジョン内では出会いないからね。仕方ないね。この作品のタイトルについてはイエスとしか言い様がない。あるいは、深読みするなら剣姫ことえーと某さん(マジで名前忘れるんだわ)が最終ヒロインってことになるんだろうか?いやいやどーかな。

しかしヴェルフの大剣持ちかっこいいな。ベル君がスピードタイプなので、こういうパワー系がいるとビジュアルも映えていいねぇ。やっぱり大剣は漢の浪漫だわ。クラウドが今でも大人気なのもわかる。ただ、戦闘は見た感じベル君一強であまり連携している感じはない。本人たちは満足げであるが。原作だとどうだったかしら。画の問題?

とはいえ、この後の展開は、まさにパーティーというか、ダンジョンの醍醐味がお待ちかね。原作でも一番好きなところだから楽しみだわ。

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